金色の瞳

朝早く、長く黒い髪の毛を揺らし、黒い肌にそよ風を受け止めながら、少女はゆっくりと、軽快な足取りで森の小道を歩いていました。久しぶりに会う恋人のことを思いながら、その二つの目はキラキラと明るく輝いていました。少女は薄い金色を帯びた美しい瞳を持っています。そんな美しく神秘的な色をたたえた瞳を持つ人は、彼女のまわりには他に誰もいません。
途中、少女は一匹の蛇と出くわしました。少女の身長の半分以上もありそうな大きな蛇でした。その蛇の様子はどことなく変に見えたので、少女は思わず足を止めました。まるでしなびた縄のように力のないふらふたした動きで、道の端を頼りなげに這っているのです。近寄って間近で見たとき、少女は驚いて小さく声をあげました。その蛇には両目がなかったのです。目があるはずの部分には、ただの小さな黒い穴が二つ開いているだけでした。
少女は蛇に声をかけました。どうしたの、どうしてあなたには目がないの。
蛇は答えて言いました。悪い人間にいたずらをされて、両目を潰されてしまったのです。そのために何も見えず、方向もわからず、あたりをめくらめっぽうにさまようことしかできなくなってしまったのです。
少女は蛇の動きが変に見えた理由を理解しました。そしてその蛇に同情しました。少女は蛇に、目が見えなくて行きたいところに行けないのなら、私が連れて行ってあげる、と言いました。
蛇は、そうしてくれると大変助かる、実のところ右も左もわからず、どうしてよいか途方に暮れていたところだったから、と言いました。
お安い御用だわ、ほら肩に乗って、と少女は言いました。それで蛇は少女が差し出した腕を伝って肩に登り、森の奥にある滝が流れる崖のところまで案内してくれるように頼んだのでした。
恋人との約束のことは頭にありましたが、だからといってこのまま放っておくわけにもいきません。少女は蛇を連れて歩きはじめました。蛇は少女の肩に頭を乗せ、耳元で順路を教えてくれました。
途中で少女は何人かの人と出くわしました。人々は、大きな蛇を身体に絡ませて歩く少女の姿を見て、ひどく驚き、恐れるような様子を見せました。ひそひそと何か話したり、非難がましい視線を向けたりもしました。
少女は事情を説明したかったのですが、彼女が近づくと人々はなぜかすぐに逃げ出してしまうので、その機会も与えられませんでした。仕方なく少女はそのまま人々の間を通り過ぎて、ひたすら目的地を目指しました。


目指す崖にたどり着いたときには、正午を過ぎていました。うっそうとした暗い木々のトンネルを抜け出すと、急に視界が開けて、頭上から眩しい日差しが降り注ぎました。そこはたいそう美しい場所でした。緑色の豊かな草むらが平坦な地面に見渡す限り広がり、端のほうは切り立った崖と接していて、そこでは緩やかな滝が真っ直ぐに流れています。砕け散る水晶のように水しぶきが飛び散り、そこに陽光が差して小さな虹がいくつも生じていました。高い崖の下方では青く丸い泉が、滝を受け止めながら満々と水をたたえています。そして草むらにはブドウの木が立ち並び、その枝にはみずみずしい藍色の実が連なってぶら下がっているのでした。少女はうっとりとした様子で辺りを眺めまわしながら呟きました。なんてきれいなところ、この森に今こんな場所があったのね、と少女はつぶやきました。
蛇は少女の身体を伝って草むらに降り、そしてしばらくの間、嬉しそうに身をにょろにょろとくねらせながらあたりを這いまわっていました。しかし目が見えないために、何度か崖の縁から落ちそうになって、その旅に少女は蛇の尻尾を掴んで助けてあげなくてはなりませんでした。
そのあと少女と蛇は暖かな陽光に包まれながら草むらに寝そべって、うとうとしていました。しばらくすると、少女は近くから泣き声のような声が聞こえてくるのに気づきました。蛇が、かつては目があったはずの二つの黒い穴から涙を流して、すすり泣いていたのでした。その涙は泥水のように黒く、とめどもなく溢れて地面の草を濡らしました。
どうして泣いているの、悲しいことでも思い出したの、と少女は問いかけました。蛇は答えようとしません。ただ泣き続けるばかりです。草の上に黒い水たまりができて、それはどんどん大きくなり、その中で蛇が泳ぐこともできそうなほどでした。
少女は蛇のことが気の毒になりました。きっと目を失ったことが辛くて仕方なくて、それで泣いているのだ、と考えたのです。そのとき少女はあることを思い立ちました。自分のこの二つの金色の目のうち一つを、この蛇に分けてあげればいい。そうすれば見えるようなる。少女はその考えを蛇に伝えました。蛇はひどく驚いていましたが、もしそんなことができるのなら、とても喜ばしいし、願ってもない話だ、と言いました。
しかしお嬢さん、と蛇は続けます。そんなことをしたら、あなたの目が失われてしまいますよ。その美しい目が、一つになってしまいますよ。
片方は残るのよ、と少女は言いました。一つあれば十分じゃない。これまであんたは、二つともないままで長らく生きてきたんでしょう? それに比べたら平気だわ。
蛇はそれでも遠慮がちにしていましたが、少女はすでに心を決めていました。少女もまた自分の目が真珠のように澄んだ薄い金色をたたえていることを、気に入っていましたし、誇らしくも思っていました。しかしすでにそのとき、少女には迷いはありませんでした。
少女は近くに転がっていた細くがっしりした木の枝を拾い上げると、その尖った先端を目の端から差し込みました。そして眼窩からくり抜くようにして、眼球を取り出しました。丸い眼球が、どろどろとした液体を帯びながら、草むらに落ちました。金色の瞳は上を向いていて、まるで空を見上げているようでした。少女の右目があったところは、今ではただの暗い穴に変わっています。その穴は、少女の黒い肌よりもっと黒く暗い色をたたえていました。赤くどろどろとした血や体液の入り混じった液体が涙のように流れ出ています。その液体は少女の頬から首筋を伝い、衣服を汚しました。
少女は眼球を拾い上げ、蛇の前に屈み、今取り出したばかりの眼球を、蛇の顔に開いた穴のうちの片方に、そっとはめ込みました。眼球は蛇の眼窩に不思議なほどぴったりとおさまりました。少女の金色の瞳は今では蛇の顔に宿っていました。蛇は頭を持ち上げたり下ろしたりしながら、何度か瞬きを繰り返していましたが、やがて嬉しそうに全身をにょろにょろとくねらせはじめました。見えるようになった、ものが見えるようになった、などと歌うように口にしながら、新しく得た目を文字通り輝かせて、踊るように地面を這ったり、ときどき跳ねたりしました。
それから蛇は少女にお礼を言いました。どうもありがとう、どれほど感謝してよいか、言葉にできないほどです、と蛇は言いました。
なんでもないことよ、気に入っていただけて良かったわ、と少女は答えました。彼女の片目からはなおも血が流れ続けていました。蛇はそのあともしばらく小躍りしていましたが、やがて木に登り、枝に絡みついてブドウの実を齧りながら、一休みしていました。それで少女は蛇に別れを告げました。
行かなきゃいけないところがあるから、ここでお別れね。元気でね。すると蛇は少女に向き直り、改めて感謝の意を伝えました。本当に、どうもありがとう。あなたのことは忘れません。心優しいあなたに祝福が訪れますように。さようなら、と蛇は言いました。
そして少女と蛇は金色の瞳をそれぞれ一つずつ分かち合って別れたのでした。

少女は恋人の家へたどり着きました。ドアをノックをすると、待ちくたびれたよ、と言って恋人が顔を出しました。しかし恋人は、少女の顔を見るやいなや、ひどく驚いて大声をあげました。
お前は誰だ、と顔を青ざめさせながら恋人は言いました。その言葉に、少女は思いのほか傷ついてしまいました。これまで一度も恋人は少女に向かって「お前」と呼びかけたことはなかったからです。
少女はわけを話そうとしましたが、恋人はろくに聞こうともしません。彼はうろたえ、戸惑い、ひどく激昂していました。そして少女に向けて、耳を覆いたくなるような汚らわしい呪いの言葉を、怒鳴りつけるように次々と浴びせたのです。
少女はさらに深く傷つくことになりました。いつも優しく親切で、礼儀正しかった恋人が、こんなひどい言葉を口にするなんて。涙があふれてきて、なおも眼窩から流れ続けていた血液と混じりあいました。そしてあの蛇が流していた黒い涙と同じように地面に水たまりを作りました。
恋人の怒りは止まず、ひっきりなしに残酷な心無い言葉をまくしたてています。少女はやがて諦めました。これ以上この人に何を言っても、どんな風に説明しても無意味だということを理解したのです。今、目の前でわめいているこの男は、もはや自分の恋人でもなんでもないのだと、少女は悟りました。
少女はそれきり何も言わず、静かにドアを閉めました。そしてその場から立ち去りました。


それ以来、少女はどんなに嬉しいことや楽しいことがあっても、その喜びや満足感を十分に味わえなくなりました。せいぜいこれまでの半分ほどしか感情が湧き立たないのです。でもそのかわり、悲しいことや辛いこと、苦しみや痛みもまた、半分に減ったように感じました。それが片方の目を失ったことの影響なのかどうかは、少女にはわかりませんでした。
目を分け与えたあの蛇と二度と会うことはありませんでした。
少女はそのあとも片目のまま、何年も生きたということです。