借りっぱなしのゲーム

娘のユイが泣きながら帰ってきた。理由を聞くと学校の帰りに友達の「レイカちゃん」と喧嘩したのだという。娘はレイカちゃんからゲームソフトを借りてそのまま返すのを忘れていたのだが、そのことをレイカちゃんが娘に指摘し、娘が言い訳したり言い返したりしているうちに、喧嘩になったということだった。
どう考えても娘のほうが悪いので僕は叱った。そして今からそのゲームソフトをお友達のところへ返しに行こう、と娘に言った。娘は泣きはらした目をこすりながら、僕に手をひかれて友達の家へと向かった。ユイは一言も口を利かなかった。途中ケーキ屋に立ち寄ってショートケーキを買った。

イカちゃんの家に着いてインターフォンを鳴らすと、レイカちゃんのお母さんが出てきたので、僕は夜分の訪問を詫び、ケーキを差し出した。そして娘のユイが非常な迷惑をかけたことを詫びた。レイカちゃんのお母さんは、いいんですよ、ゲームなんてたくさんあるんだから、それにあの子、今はこのゲームには飽きて、別のゲームばっかりやってるし……と言った。お母さんが階段の下から呼びかけると、髪の長い少女が二階から降りてきた。ユイはきまり悪そうにゲームを差し出し、小さな声で謝った。レイカちゃんはゲームを受け取り、娘の謝罪に対して、いいよ、と言った。僕からもレイカちゃんに謝り、レイカちゃんは、かまいませんという意味で小さく頷いた。そのあと我々は挨拶して立ち去った。
帰り道には川のそばを通った。鳥か虫かわからない小さな生き物が空間を円を描くように飛び回っていた。夜風は涼しく、空は濃い紫色をしていた。
借りたものは返さないとだめだよと僕は言って、ユイは答えず、川を見下ろしていた。人の物を借りっぱなしなのって、あんまり気分が良くないからね。
ユイは答えない。
「どうして返さなかったの?」
ユイはやはり答えず、川面を見つめていた。街灯が反射して黄色く水面に揺れている。