死ぬ時期(ナナタンとの対話)

ナナタンが言った。「昔、あなたは早死にするって言われたことがあるわ。
へえ。
10年後に死ぬ、って言われたの。しかも誕生日に、だって」
「ひどいことを言う人がいるもんだね。
「でも私、そんなに嫌じゃなかった。怖くもなかった。死が怖いのは、それがいつ訪れるかわからないからでしょう。10年後の誕生日だってわかってたら、別に怖くもないんだなっておもった。それにいろいろ便利だしね。計画も立てやすいし。その占いは、結局当たらなかったけど
当たらなくてよかった。
あなたは(死ぬのが)嫌なの?
少なくとも今のところは嫌だね。
どうして
僕は考えた。どうしてだろう?まだ人生に満足していないからだろうか、それともただ単に怖いのだろうか、まだ生に執着があるのだろうか?…
いつ死んだって結局、何かしら心残りはあるのよ。もしあなたが明日、35歳で死んでも、それとも100歳まで生きてから死んでも、人生に完全に満足することってないわ。後悔と未練を抱えてみんな死んでいくのよ。
痛かったり、苦しかったりするのが嫌なのかもしれないな。
それは受け入れるしかないわ、楽な死なんてめったにないのよ。ほとんど全員、苦しんだ果てに死ぬんよ。今まで死んだ人はたいていみんなひどい恐怖や痛みや苦しみを味わいながら死んでいった。みんなそうなんだし、あなただけじゃないんだから、ことさらに怖れる必要なんてないの。
そんなに単純に、僕は割り切れないなあ。
私は老いることのほうが怖いわ。長く続く生なんて怖ろしいばかりだわ。生きるほど人は多くのものを失ってゆくのよ。多くを失った後でもなおさらに生が続くなんて恐怖でしかないわ。それは地獄のようなものだわ。だからとっととおさらばしたいの、この世界に、老いを知らないままで。私はなるべく早死にするように、あえて健康を損なうような生活をしているのよ。あなたもそうしなさいよ。
僕は口ごもった。
あなたには家族があるものね。可愛いお子さんもいるものね。私にとってこの世界は、必要以上に長居する価値のあるものではないのだわ。
悲観的なんだね。
世の中の人が楽天的過ぎるのよ。みんな生というものを賛美しすぎてるのよ。

そのあと彼女は呪文を唱えるように、あるいは怪しげな節回しの歌を歌うように、奇妙な一節を口走ったが、その言葉は僕には理解できなかった。