北へ向かう

タクシーを降りると雪がちらついていて、なぜか静かなパニックに襲われつつ、改札を通り抜ける。見慣れぬ駅はどこかよそよそしく、人々は自分を避けて通るように感じる。古びた天井の色褪せた緑色まで、何だか胸を押しつぶすみたいだった。この気分がどこから来るのかはわかっていた。これからはじまる憂鬱な旅、どこを見ても愉快になれる要素のない長い道のりが、僕をすっかりうんざりさせているのだった。これから電車で8時間かけて北へ向かわねばならない。新幹線や飛行機ではなくあえて電車を選んだのは、到着までの時間をできるだけ引き伸ばしたかったからだ。僕は駅のコンビニでコーラとプリッツを買った。それは子供の頃、電車の車内でそうしたものを食べたり飲んだりすることを好んでいた思い出からである。せめて幼いころの旅の気分を思い出せたらいい、と思った。ホームに行ってしばらくするとチャイムが鳴り、電車が入ってきた。乗客は少なく、彼らはみな物静かで、どこか憂鬱そうに見える。座席に腰かけるとすぐに電車は走りだし、僕は窓の外を眺めながらぼんやりしていた。車内は静かだった。定期的な規則的な車内アナウンスが繰り返されるばかりで、人々は物音一つ立てない。僕は何度か唾を飲み込んだ。胃液が咽喉にせりあがってくる感じを覚えていて、それをおさえこんでいたのだった。それは明らかに乗り物酔いの徴候だったが、これまで電車で酔ったことなど一度もないし、乗ったばかりだったら、気のせいだろうと思った。そうやって見て見ぬふりをしていたが、駅をいくつも過ぎ、目的地が少しずつ近づいてくるにつれ、具合の悪さはおさまるどころかひどくなり、軽い吐き気まで催すようになっていた。どう考えてもプリッツなど食べたい気分ではなかった。できることなら横になりたかったのだが、だんだん乗客も増えてきて、僕の隣にも人が座っていて、どうすることもできない。何度か飲み物に口をつけ、目を閉じて眠るふりをしながら、ひたすら深呼吸をしていた。電車の旅は長く、まだあと7時間以上もこうして座り続けていなくてはならない。一度立ち上がってトイレに行って吐こうとしたが何も吐きだされなかった。僕は座席に戻らず、窓際のあたりに立って壁にもたれてただぼうっとしていた。北へ向かうにつれて、雪はさらに激しくなっていて、もし気分がこんなに悪くなければ、その眺めに何かしら感じ入ったかもしれない。写真も撮ったかもしれない。でも今の僕には雪も、見知らぬ土地の風景も何も魅力的には映らない。そしてこの先無事に電車を降りることができたとしても、そのあとにはもう愉快なことなど何もない時間が待っている。単調な変化のない景色が続き、遠くへ来たという感慨など少しも抱けないまま、僕はただ吐き気をこらえている。こんなに不愉快な旅はちょっと記憶にない。いっそもっと雪が激しくなって、電車の運行が停止すればいいと思った。しかしそんな気配はなく、車掌は機嫌良さそうにアナウンスしており、電車は予定どおりに駅を一つずつ通過して、僕を北へと運んでいく。