祭囃子

 タロウはときどき腰をかがめて、砂の上に転がっている透明な石を拾い上げる。それは波によって削られて角の取れたガラスの破片、いわゆるガラス石だった。海岸に来るたびに彼はガラス石を拾って持ち帰るのだ。この砂浜には実に多様な色と形のガラス石が落ちている。
 海岸の端は岬になっていて、その岸壁に暗い大きな洞窟が細長い口を開けている。穴の手前には物干しざおがあり、ぼろぼろの衣服がそこに垂れ下がっている。あたりにはペットボトルや空き缶や、プラスチックの箱が散乱していた。いつもタロウは緊張しながら洞窟の前を通り過ぎる。穴の奥に潜む何者かの視線を意識してしまう。彼はそれがどんな人物なのかについて、強い興味を抱いていたが、暗い穴の奥を覗き込んだりする勇気はなかった。
 この海岸では他にもいろんな奇妙なものとでくわしたことがある。一度などは波打ち際に棺桶が転がっているのを見かけた。いや、実際には棺桶ではなかったのかもしれないが、形や大きさがそっくりだった。そしてタロウはそれを棺桶だと確信したのだし、そのあと数日ほどは、彼は海岸に近づくことができなかった。

 だしぬけに音が聞こえて、タロウは反射的に両手で耳をふさいだ。それは彼の大嫌いな音楽、土地に伝わる祭囃子の旋律だった。それがどこからともなく聞こえてきたのだ。タロウは音から逃げようとするかのように砂浜を駆けだしたが、遠ざかろうとするほど、むしろ音は近づいてくるかに思われた。まるで囃子を歌い演奏する人々が後をつけてくるみたいだった。太郎は何度も後ろを振り返ったが、もちろん誰もいるはずはない。
 タロウは走り続ける。しかし想像を振りほどくことができない。人々は踊りながら、笑いながら、列をなして追いかけてくる。思い描いたその光景は、どこか滑稽だったが、とても愉快な気分にはなれなかった。そしてその滑稽さこそがタロウには我慢ならないものだった。許しがたいものだった。
 タロウは立ち止まると、背後の何もない空間に向かって思い切りガラス石を投げつけた。石は想像上の人影を切り裂いて数メートル向こうの砂の上に落ちた。波が嘲笑うような音を立てて砂浜に打ち寄せた。結局タロウは手にしていたガラス石をすべて、ところかまわずあちこちに投げつけた。