2022-03-01から1ヶ月間の記事一覧

廃寺 (Deserted Temple)

砂埃が風に舞い、小さな墓に吹きつけている。粗末な木切れによって作られたその墓は、息子が死んだカエルのために建てた墓だった。もっともそのカエルは、息子が飼育していたわけではなく、廃寺の片隅で無残に息絶えていた、見ず知らずのカエルである。息子…

入り江の霧の朝 (Morning Mist Bay)

朝早く、海に浮かぶボートの上で一人の男が釣りをしていた。水平線の彼方から差し込む朝日が、入り江に少しずつ色を加えていった。糸が引っ張られ、男はすかさずリールを回す。釣られた魚はしぶきを飛び散らせながら、みずみずしい銀と青のうろこをきらめか…

真っ黒ジャングル (Pitch-black Jungle)

取材で訪れた南米のある土地で、不思議な石の話を聞いた。僕にその石について教えてくれたのは付近の村に住む老人だった。その老人は90を超える高齢だったが、ずいぶんちゃんとした英語を話し、その言葉つきや、眼光の鋭さは、他の村人とは異なる際立った知…

荒れ果てた路地裏 (Run-down Back Alley)

犬はさっきから、ぴくりとも動かない。片隅の暗がりで黒い袋みたいにじっと横たわっている。電線に並んだ鴉の群れがそのさまを無言で見下ろしていた。酒場の前で二人の男が口論をしている。同じような薄汚れた格好をした二人の男が、口汚い言葉でお互いを罵…

半円筒 (Half-Pipe)

ああ!滑りだすとそのまま風になる。風とひとつになる。風としてオイラは宙を舞い、流れるつまりは重力から自由になる。 天地が逆転する。景色がぐるぐる回る。逆さまの状態で静止してみたい。これよりすごい喜びってない。足の下に空を眺めるときの。 みんなの…

白熱する路地 (Exciting Street Scene)

第4地区と都心部とをつなぐ全ての道路が封鎖された。その措置により区画は都市から切り離されてしまった。大多数の市民の安全と利益を保護するために、第4地区は犠牲になったのだ。市長による演説がテレビとインターネットを通じて中継された。市長は該当の…

きれいな入り江 (Beautiful Bay)

岩礁に丸く取り囲まれたその小さな入り江は、静かで落ち着ける場所だった。僕は水面に仰向けに浮かびながら、午後じゅうずっと空を見ていた。空を流れてゆく雲の形や色合いは、一瞬ごとに変化していた。雲がそんなに激しく変容を繰り返すものだとは知らなか…

にぎわう下町 (Crowded Downtown)

大晦日、僕は料理の材料の買い出しに出かけた。人であふれかえる午後の商店街はにぎやかで、それでいてどこか寂しげな雰囲気があった。それは一年のうちに大晦日にだけ感じられる空気だった。僕はあちこちの店を回って食材を購入した。 喫茶店で一休みしてか…

謎の飛行物体

小さな光る物体が7分おきに窓の外を通過している。光を放つ飛び回るものとして僕は蛍を思い浮かべたが、それは明らかに蛍ではなかった。光は小さいけれどもLED電球のように強く、飛行の高度も軌跡も、そして窓の前に現れる7分という周期も、いずれも生き物で…

古い寺 (Old Temple)

風のない静かな午後、女が縁側に腰かけて歌っている。悲鳴みたいな歌声が、無人の境内に響きわたる。女の視線は目の前の松の木を見据たままさっきからまったく動かない。瞬きさえしない。同じ旋律が何度も繰り返されていた。古い寺には誰もやってこない。そ…

ジュラ紀研究施設 (Jurassic Era Research Facility)

ジュラ紀研究施設にはジュラ紀の風景をそのまま再現する設備がある。そこではアロサウルスやイグアノドンが大地を駆けまわり、空には始祖鳥。しょっちゅう博覧会などで骨が展示されるような有名な恐竜ばかりではなく、誰も知らない地味で小さい恐竜までちゃ…

夢のためのセカンド・ブレイン

怪我を負って入院していた一か月間、彼は毎日眠って過ごした。その間に多くの夢をみた。そのときの夢は彼がそれまでみたことのないほど、リアルでカラフルでスリリングで幻想的だった。一度も想像したこともなければ話に聞いたこともないような出来事が、次…

歴史のある蒸留所 (Historic Distillery)

そのウィスキーは独特な味がした。甘味の中に舌をちくちく刺すような鋭い苦みがあって、でもなぜかその苦さが不愉快ではない。ひたすら飲み続けていると、だんだん頭の中である映像が実を結びはじめた。青くキラキラと輝く曲がりくねった模様が浮かんだ。僕…

宇宙エレベータ (Cosmic Elevator)

宇宙センター内には巨大な透明の円筒型のエレベータがある。その内部は、完全な無重力になっていて、普通のエレベータのように箱が上下に行きかうことはなく、人々は空中を泳いで階を移動することができる。無重力を体験するために作られた特別な設備だった…

建設途中の高層ビル (Skyscraper Under Construction)

建設途中の高層ビルの工事のスピードは目覚ましく、見かけるたびに高度を増していた。きっとすごく高いビルができるんだろうね!とそばで息子が言う。この街にはじめてできる高層ビル。その工事現場をより近くから見るためだけに、日曜日、僕は息子を連れて…

マッド・ギアの隠れ家 (Mad Gear Hideout)

午後の遅い時刻、古い神社の前を通りかかった。何となく鳥居をくぐり、境内を歩きまわっていると、神社の段木の上に、何か見慣れないものが置かれているのに気づいた。近づいて見てみるとそれは兜だった。戦国時代の将軍が被るような兜。全体はつややかな青…

 トレーニング・ステージ (Training Stage)

むき出しのコンクリートが四方を囲う灰色の部屋。窓はなく、照明は天井に埋め込まれた小さな電灯がひとつだけ。室温は空調設備によって常に一定に保たれている。外の音は届かず、どの時間帯にも完璧に無音だった。ヒビキは一日のうち最低でも6時間、その部屋…