2022-04-01から1ヶ月間の記事一覧
海沿いの埋立地に広がる製鉄所。巨大な煙突から黒い煙が立ち上って雲を塗りつぶしている。倉庫の中には鉄鉱石が山のように積まれていた。その中に一匹の蟻が紛れ込んでいる。助けて!ここから出して。蟻はそんなことを叫んでいたが、その声は、無数の大多数…
かつて僕が住んでいた町には古い寺があって、そこでは秋になるとお祭りが開かれていた。そのお祭りには人間ではないものも参加しているのだと、主に地元の子供たちの間では信じられていた。幽霊やお化け、精霊や妖精、土地に宿るそうした不思議な存在もひそ…
真っ黒に焼けた手がしおれた花を握りつぶす。いったい誰の手なのだろうと、しばし戸惑う。残念ながら、それは紛れもなく僕の手だった。ジャングルは暗く静まり返っている。何か恐ろしいことが起こる前触れのような静けさだった。なぜ自分はこんなところにい…
陸橋の下にある公園は、サッカーでもできそうなほど広いが、それほど殺風景な場所もなかった。遊具らしきものはひとつもなく、橋が遮って日が差さないためにいつまで経っても干上がることのない水たまりがいくつかある。そしてあちこちに転がる不法投棄のが…
さきほどまでの暴風が嘘のように、地表は今静けさに包まれている。あたりは夜のように暗いが、まだ夜ではない。日食が生じているのだ。太陽が月と重なり、空の浮かぶ黒い円の縁から金色の光が漏れている。いまも地面はときどき大きく揺れた。水辺の陸地に一…
初めて会ったとき、君は大きな鞄を提げていましたね。がっちりとしても頑丈そうな、手榴弾でも入っていそうなその鞄は、君の服装やたたずまいに、まるで不似合いだった。正直なところ、あのとき、僕は君に対するよりも、その鞄に対する関心のほうが大きかっ…
今日はレジ受け業務。雨の夜、意外なほどドライヴ・インはにぎわっていたが、たぶん誰も映画なんか見ちゃいないんだろう。車の中に閉じこもって客どもは飲んだり食べたり、とにかく好き放題やってるってわけだ。何しろ退屈な映画なのだ。車がバシャバシャと…
降り立った飛行場は荒野の真ん中だった。タラップを降りてあたりを見渡した時、まるで小人になって広い砂場に放り出されたみたいな気がした。のっぺりした黄土色の大地が広がり、彼方には灰色の山脈が連なっている。そのあまりに広大で大雑把な景色は距離感…
『人肉スーパー』と看板には表記されていたが人肉を売るスーパーマーケットという意味ではなく、名前の由来は創業者の苗字であるらしい。店員がそう教えてくれた。同じ質問を何度もされているらしくその説明はきわめて簡潔で無駄のないものだった。それでも…
オランダ人の老婆はさっきからしつこいほど何度もプールを往復している。海には虹がかかり、柵に腰かけた夫婦やカップルたちはみな語りあいながら景色を眺めていた。子供たちは船と並んで泳ぐエイの群れに向けてお菓子を投げ与えている。僕はチェアに寝そべ…
大学のころに所属していた演劇サークルには幽霊部員がいた。幽霊部員とは言っても、在籍だけして顔を出さないメンバーという意味ではない。その人は本当に幽霊だった。初めて見たときからその人物が幽霊であることはすぐわかった。誰が見ても一目で幽霊だと…
あんなのは絶滅したと思っていた。昔懐かしいガングロギャルとかいうやつだ。今日の午後駐車場ですれ違ったのはまぎれもなく当時のままのガングロギャルだった。ああ、あの世紀末の日本社会に、突如生じた異常な現象。その女は短いスカートから伸びる日焼け…
(ひみつ研究所の続き) 壁が揺れ地面が波打つ。それでも男は目を覚まさない。寝室の床にへばりつくように横たわり、両腕を抱き込んだ胎児のような姿勢で、穏やかな寝息を立てながらひたすら眠り続けていた。いつもとは違ってその眠りは安らかだった。口元に…
彼は自宅兼研究所にこもりきりになってある薬の開発とそのための研究に没頭していた。彼が目指していたのはまったく新しい睡眠導入剤の実現である。服用するとたちまち眠りに落ち、そのまま死ぬまで目を覚まさない。眠ったまま生体は老化し、そしてしかるべ…
島の中央には標高395メートルの火山がでんとそびえていて、その山と海に挟まれた細長い土地に町があった。町にはちゃんとした名前があったのだが、いつしか「火山の縁」という俗称で呼ばれるようになった。陰気な町だった。どこもかしこも、それこそ灰を被っ…