2022-01-01から1年間の記事一覧

消灯

夜の都市を見下ろしながら、暗い地表に点々と散らばる光を数えていた。それは数えられる程度の数しかない。かつてこの場所からの夜景は、光に満ちていた。地表は粒のような光に埋め尽くされ、連なる車のヘッドライトは川のように流れて、地の果てまで伸びて…

音楽は高い場所へと連れて行く

ひどい気分だった。その辺にあるものを手当たり次第に壊したい気分だった。不穏な雰囲気が伝わるのか、周囲の人々は僕を避けて歩くようだった。広場の前を通りかかったとき、騒々しい音が聞こえた。広場の片隅にいる人物が発する音であるようだった。どうせ…

自由

今、彼は檻から放たれた。そのことを喜ぶあまり、草原を駆け回っている。しかしある地点で足を止めた。目の前に壁がそびえていたのだった。とても高く、上のほうは雲に隠れている。手を触れてみたところ、とても固く、いかにも頑丈そうだった。 壁に沿って歩…

かけがえのない思い出

ビルに囲まれた駐車場からは空の断片しか見えない。カー・オーディオのスイッチをONにすると音楽が流れ出した。彼女はシートにもたれかかり、目を閉じる。そして何度目かのため息。ひどく疲れていた。休日まであと3日もある。その日になったところで予定はな…

ずっと一緒に

男は車から降りて周囲を見渡した。湖畔には雨音が響き、動くものの姿はない。男は湖のほとりに立って雨粒が跳ねる湖面を眺めた。傘もささずに、彼は濡れることを少しも気にしていないように見える。男は車に戻り、助手席のドアを開け、そこに座っていた女を…

甘い痛み

彼はクセナキスの音楽を聴きながら泣いている。その手の音楽を聴くとき、彼はいつも胸を棘で刺されるような痛みを覚え、その痛みが涙を流させる。まるで胸の奥にウニに似た生き物が潜んでいて、それが難解な現代音楽を聴くときに限って姿を現して自由に動き…

愛への喜び

父の用事が終わるまで、僕は一人残ることになった。どこかその辺で遊んでいなさい。ビルの外には出ちゃあだめだよ。僕は父の言いつけを守った。何しろ父は怖い存在だった。僕は階段を使ってビル内をあちこち見て回ったが、面白いものはなかった。どのフロア…

その日の後悔

乗り込んだタクシーの運転手は、どういうわけかひどく不機嫌で、信号待ちで車が停まっている間など、意味もなく両手でハンドルをバンバンと強く叩いたりした。そして走り出すとすごいスピードを出す。そのため一般の自動車やバスなどから、何度もクラクショ…

旅立ちの日

その日は雪だった。飛行機は予定通りには飛び立たず、一時間ほど遅れてようやく搭乗のアナウンスがあった。今日を最後に僕はこの土地を去る。そんなに悪い気分ではなかった。心細くて、でも同時にかすかな期待に胸を震わせている、この気分。この先雪を見る…

きっと大丈夫

夜中、部屋の隅の花瓶に活けた百合の花を見ていた。なぜそこに百合の花があるのか、彼にはどうしても思い出せなかったが、眠れずに暗い部屋の中で目を凝らしていると、だんだん闇の中にそれが浮かび上がってきたのだった。ひとつだけまだ開いていないつぼみ…

踊ってるみたいな気分

地平線がギザギザ。 視界がゆらぎ、地平線が真っ直ぐにならない。 波打つ地平線の切れ目から、野原を埋め尽くす緑色が噴水のように吹きだしていた。それは垂直に逆方向の滝のように伸びて空に達し雲を貫いている。それだけでない。緑は時々灰色になり、また…

君にあげる

影は道路の上に長く伸びている。やがて高い足音が聞こえてきたので彼は動き出した。物影からいきなりにゅっと現れた彼の姿に、女は驚いたらしく、ひゅっと息を吸い込む音をたてた。目の前に立った彼の姿を、女は不審そうな目つきで見上げる。彼は、自分の姿…

ジャン・コクトーとドラム

バーでバンドが演奏していた。僕は途中からドラムの音しか聞いていなかった。そのドラマーの演奏があまりに非凡だったためである。それは技術的には派手さのない、シンプルな演奏だったが、曲調や展開に合わせて音色が微妙に、そして適切に変化し、一瞬の強…

廃病院の灯

丘の上の病院が閉鎖されてずいぶん経つ。病棟は取り壊されることもなく放置され、いまでは廃墟のようになっている。夜中の2時とか3時にその建物を眺めていると、最上階の端から2番目の窓に、明かりが灯ることがあった。入院患者はすべて別の病院に移送された…

この風景は、今はありません。

画面左のマンションは取り壊されてなくなりました。今はその場所はスーパーマーケットになっています。ところで私は、なくなったあのマンションがとても好きでした。ひどく古びて、住人もほとんどいなくて、取り壊されて当然の、救いのないマンションだった…

音楽アルバムを作りました。『場面』

アルバムを作ったそれは『場面』と名付けられました。アルバムは8曲からなる。 1. 犬小屋 03:092. 床 02:123. 戸 03:434. 机 01:045. 階段 03:066. 壁 02:347. 電話機 02:348. 煙突 03:46 すべてはAudacityによって作曲された。 私はbandcampでそれを公開し…

煙突

ある日僕は自分が住む町に煙突のある家が何軒あるのか、知りたいと思った。それで探しながらあちこち歩きまわったのですが、煙突がある家はたったの一軒だけでした。しかしその家は空き家であったし、そのうえ銀色のアルミ製の煙突は、根元あたりでぼっきり…

電話機

家の近所の坂道のふもとに、小さなアパートがあるのですが、僕は通りかかるたびに、いつもその二階の一室に視線を向けてしまいます。その部屋の窓はいつも開け放たれていて、坂道の中腹からだと、室内のかなりの部分が見渡せるのです。その部屋はひどく散ら…

壁を見つめていました。壁は影によって斜めに分断されていました。やがてのっぺりしたその白い表面に、虹色の模様が描き出されました。模様は壁の全体を覆いながら、まるで逆流する流砂のように、床から上へ向かって流れる動きを作り出しています。私はベッ…

階段

デパートをうろついていると地下へ続く階段を見つけました。私はその階段を降りはじめましたが、するととつぜん背後から声を掛けられ、そっちは立ち入り禁止だとその声は告げます。振り向くとそこにはデパートの職員らしき女性がいました。女はいかにも不審…

私はいつも使っている机を横断しました。その大きな、広大な、幅200cmもある机(それはシングル・ベッドと同じサイズをしているのです!)にのっかり、いつも椅子を置いているほうとは反対側へ、まるで太平洋を泳いで横断するような覚悟で乗り越え、机の反対…

納屋の入り口の戸は記憶にある限り一度も開けたことのないただの戸です。僕がそれを開けないのは無意味だからです。納屋は古く、壁はほとんど崩れていて、だから僕がいつも納屋に出入りするときには、その壁に開いた穴をくぐるのです。そっちのほうが早いし…

畳の床にはさまざまな模様や色が浮かびます。ときにそれは思いもよらない複雑な、無軌道な絵を描き出します。なぜそんなことが起こるのかは不明です。季節や天候、時間帯や曜日、気温や風向き、おそらくそうした要素が影響しているのでしょう。何にしても私…

犬小屋

近所の家に、きらびやかな毛並みをした綺麗なゴールデンレトリバーがいました。いつも僕が家の前を通りかかると、犬は伏せた姿勢から首だけをあげて、こちらをじっと見つめました。その瞳は水色で真ん丸で、きらきらしていて、まるで今作られたばかりのビー…

妻の考えと意見

ユイが小学生になったら、私も少し働こうかな、と妻が言った。聞くところによると妻の友人が運送会社の事務のパートをやっているのだが人手が足りなくなって妻は誘われたらしい。いいんじゃないかな、ケイの面倒は僕がみることだってできるからね。と僕は言…

突如襲う倦怠

とあるピアノ協奏曲を聴いているとき、突然その曲に飽きた。飽きただけでなくほとんど嫌悪感を覚えた。どうしてこんなつまらないものをありがたがって聴いていたのだろう、と思った。あと数分で終わるところだったので、再生を止めることはしなかったけれど…

ナナタンの涙

それはまたしても意図せざる遭遇だった。一人で車に乗っていたとき、信号待ちのときにいきなり誰かが後部座席のドアを開けて車に乗り込んできたのだった。僕は最初何が起こったのかわからず一瞬呼吸が止まったようになり、おそるおそる振り向くと、そこにナ…

Cyrodiilに帰る

今日は久しぶりにCyrodiilに帰りました。そうだ、『The Elder Scrolls IV: Oblivion』を遊ぶことは、まさしくCyrodiilに帰るという感じなのです。『Oblivion』に没頭していた時期、僕は実際にその世界を生きていたように思いますた。Cyrodiilの空気を呼吸し…

変な硬貨

子供のころ、デパートの屋上で見知らぬ大人から硬貨をもらったことがあります。それは見たことのない硬貨でした。直径2センチ、十円玉と同じほどの厚みと大きさで大きさの割に妙な重みがある。色は眩い輝くような銀色をしており、ぱっと見はとても綺麗でした…

ゲームセンターにて

僕は子供たちとゲーム・センターにいた。妻は一人で洋服屋で服を選んでいて、その間僕は子供たちをフロアの端にある狭いゲームセンターに連れてきたのだった。子供たちはクレーンゲームで遊んでいた。ひどく欲しいキャラクターのぬいぐるみがあるらしく、二…