2022-09-01から1ヶ月間の記事一覧

生き物の死

ある日の夕方、ハルは一人で神社にいた。学校で嫌なことがあって、嫌な気分を引きずっていて、そういうときにはよく一人で神社に行くのだ。その場所はたいてい人けがない。その日もそうだった。ひっそりとした境内を歩き回っていると、ある木の下に何かが落…

虐待のある世界

娘が嫌に沈んだ調子でいたのでどうしたのかと問うと、猫をいじめる人がいる、と答えた。それで僕は、家で飼っている猫のBWが、誰かに悪戯されたのかと思ったが、そうではないらしい。そばにいた妻が事情を尋ねて、ユイは話しはじめた。なんでも学校から帰る…

悲劇のヒーロー

彼は家族を失い、仕事も失い、孤立無援で天涯孤独の一人きりで日々を送っている。今日もまた、何もする気にならずに、長い時間ベッドに横たわって時間をやり過ごしていた。彼は昔読んだ小説を思い出していた。その小説の主人公は、不品行を繰り返しさんざん…

テレビ破壊

彼は幼くして両親を亡くし、親戚の家に引き取られて育てられた。親戚の人々は概して彼に親切だったが、彼は完全には心を開かなかった。ある日、彼は家に一人だった。親戚の人たちは彼を置いてどこかに出かけていた。意味もなく家の中をあちこち歩きまわって…

古本屋で

古本屋で、いろんな本を引っ張り出して少し読んで戻したりしながら、長い時間店にいた。店は狭く、そのうえ床には本がつまった段ボールがあちこちに置きっぱなしにされていてひどく歩きにくかったし、別に欲しい本も見当たらなかったが、何も買わずに出るの…

ある思い出

小学校のころ、ハルは友人から本を借りて返さなかったことがある。彼は特にその本が気に入っていたわけでもないし、貸してくれた友人に意地悪をしていたわけでもない。返すという行為が思いつかなかった、という感覚がもっとも近い。友人はことあるごとにハ…

借りっぱなしのゲーム

娘のユイが泣きながら帰ってきた。理由を聞くと学校の帰りに友達の「レイカちゃん」と喧嘩したのだという。娘はレイカちゃんからゲームソフトを借りてそのまま返すのを忘れていたのだが、そのことをレイカちゃんが娘に指摘し、娘が言い訳したり言い返したり…

白い部屋に住む女

女はマンションの15階に一人で住んでいた。その部屋にはじめて足を踏み入れたとき、男は呆然として立ちすくんだ。室内にある何もかもが白かった。冷蔵庫もテーブルも食器もみんな白。化粧台もスピーカーも電子ピアノも白、コードやケーブル類には白いテープ…

ナナタン(友人の女性)

僕には親しくしている女性の友人がいる。彼女は「ナナタン」と呼ばれる(僕は彼女の本名を知らない)。ナナタンとは2008年ごろに、とある音楽系のSNSを通じて知り合った。プロフィールの住所が同じ県の同じ町だったからという理由で、フレンド申請を送ったの…

SND『Makesnd Cassette』

makesnd cassette SND Amazon ハードオフ新下関店のジャンクCDコーナーで見つけて購入した。一時期そうやってアートワークだけを頼りに安いCDを買いあさっていたことがある。そうして見つけた中でおそらく最良のもの。 メロディーとか劇的な展開とか流麗なハ…

夢の復讐殺人

夢をみた。私は学校の教室にいる。前の席には幼馴染のエミコが座っている。彼女はことあるごとに振り返って私に話しかけてくる。その言葉はいちいち辛辣で、残酷だった。夢の中で私はどうやらエミコにいじめられているらしい。彼女は私に一冊のノートを見せ…

Facebookで再会した同級生

Facebookのアカウントを作ったとき、僕が最初に検索したのは、高校の頃のある同級生の名前である。彼のことはよく覚えていたのだ。なぜなら彼と僕とは漢字が一文字違うだけの同姓同名だった。さらに僕は彼と二度も同じクラスになっていた。もちろん出席番号…

ピクニックの一日

9月のある日曜日の朝、子供たちがタヌキを探しに行こうとせがむので、また近所の森に出かけることになった。するとなぜか機嫌のよかった妻が、せっかくだからお弁当を作ってピクニックみたいにしようと提案して、子供たちもそのアイデアに賛成し、それで我々…

森のタヌキ

引っ越した先の家の近所には森があって、僕はその森が気に入った。森というより雑木林と呼んだほうが近いかもしれないが、ちゃんと遊歩道もあるし、静かで人けがなく、植物や野鳥を観察できる。僕は何度もその森に一人で足を運んだ。子供たちを連れてちょっ…

輪廻ハムスター

ハムスターのネズは走っている。お気に入りの回し車を回転させている。彼はひっきりなしにその遊びを行って飽きることがない。それにしても恐るべき体力だと思う。ハムスターのネズが休むことなく餌も食べずに走り続けて今日ですでに10日が過ぎているのだ。…

下関にも野良猫はいる

細い側溝の中に白猫がいた。猫はしばらくそこに隠れていたのだが、やがて溝から出てきて、僕のすぐ目の前をゆうゆうと、堂々と横切って、そばの空地へと入って行った。ところでその空き地は今でこそ何もない更地だが、つい数日前まで、何か建物があったはず…

ASIAN KUNG-FU GENERATION『ワールド・ワールド・ワールド』 

ワールド ワールド ワールド アーティスト:ASIAN KUNG-FU GENERATION Ki/oon Sony キューン ソニー Amazon 僕はこのバンドのデビュー当時からのファンというわけではない。でも何年か前にある日突然好きになった。はじめて聴いた曲は『無限グライダー』で、…

リンゴ型の泡

頭に水滴が当たって、目が覚めた。晴れた草原に雨が降っていて、あちこちに虹が生じていた。僕がその根元にいた大きな木の葉先からも雨粒が滴っていて、あたりにはリンゴに似た甘い香りが漂っている。その香りに誘われてやってきた鳥たちが頭上で鳴き交わし…

不死なる太陽

それは静かな町だった。引っ越して最初の日曜日の午後、僕は娘と息子を連れて散歩に出かけた。ただでさえ静かな街は普段よりさらに静まり返っていた。車は一台も通りかからず、通行人もいない。近所中が一斉にどこかへ出かけてしまったかのようだった。ある…

引っ越し

夏の終わりのある日、四人の男たちが我が家にやってくる。彼らは引っ越し会社の作業員である。四人ともちょっとたじろぐほど大きくて屈強でけっこうな威圧感があった。彼らはほとんど口も利かずに、段ボール詰めにされた荷物や家具を次々と外に運び出し、10t…

影の国

寺院のそばの並木道を、影は音もなく駆けて行く、滑らかな毛筆の線を引くように。いつしか街に現れ、いたるところで人々に目撃されるようになったその影の正体は、いまだ不明である。そして人々はさほどの関心を示すでもなかった。人間や生き物がただの黒い…

風に抱かれる

開け放した窓から風が滑り込んできて布のように身体を包んだ。僕は何かに護られるような気分で安らかに眠りに落ちた。夕方に目覚めたとき、風は高い音を立てて激しく吹き荒れていた。カーテンがばたばたと大きくなびいて、部屋にあるこまごましたものが吹き…

滅びる帝国

カーテンの縁が白っぽくなっていて、夜が明けつつあることを教えた。僕の帝国はほとんど完成していた。それは27インチのモニターの中で世界の全土を余すところなく征服しつくし、敵対する勢力はもはや意欲を失って投げ出したような不可解な行動ばかりを取り…

嫉妬から自由になる

個人的な目標を発見したとき、僕は自分が嫉妬しなくなっていることに気づいた。その目標とはある個人的な願望のようなもので、それは僕という人間からごく自然に生じた、僕という人間にとってのみふさわしい、僕にとってのみ重要な願望であり、したがってこ…

だんだん暗くなる部屋で

長い楽曲の前半は光を描写するかのようなきらきらした音に満ちているが、そのうちにだんだんダークな音色が暗雲のように立ち込めてきて、やがてはノイズで埋め尽くされた破壊的なパートに移行する。それも過ぎてしまうと最後にはひときわ静かなパートが訪れ…

明日の叙景『アイランド』

明日の叙景は素晴らしい。名前を知ったのはわりと最近なのに(r/blackgazeで知った)、今まで聴いてきたヘヴィメタル音楽の中でも一、二を争うレベルで好きになった。ブラスト・ビートと金切り声とデス・ヴォイスに埋め尽くされたその音楽性はブラックメタル…