宇宙和声

山頂近くの斜面に開いた深い穴の底に、その物体は鎮座していた。細長い三角錐の形をしていて、尖った頂点はわずかに折れ曲がっている。材質は金属でもプラスチックでも木材でもない未知の物質だった。滑らかな表面は虹を混ぜたような不思議なクリーム色をたたえ、その全体から眩い、有害な光を放っていた。
山でキャンプをしていた一行が物体の最初の発見者であり、そして最初の犠牲者だった。物体が発する光に触れたとたん、一行はその眩しさのために一人残らず気を失い、二度と目を覚まさなかった。
キャンプの一行が帰ってこないことを心配して捜索に向かった人々もまた同様の被害に遭った。2人が命を落とし、17人が失明し、その他の者にも視覚に何らかの障害が残った。
ファムオだけがその光から何の影響も受けなかった。彼は特に頑丈な目を持っているわけでもなければ身体が丈夫なわけでもなかった。普段からファムオは集落では軽んじられないがしろにされていた。何をやっても満足にできない彼は、しょっちゅう仲間から馬鹿にされつまはじきにされた。集落で役立たずと言えばファムオのことを指した。ファムオもまた自分が弱く無能力であることを自覚していたので、なるべく仲間たちに迷惑をかけないよう普段からおとなしく暮らしていた。
しかし物体が発するおびただしい光に耐えることができたのはただ彼一人だった。至近距離まで物体に接近しても、焼きつくほど強い光に全身を包まれても、ファムオは平然としていた。なぜファムオにとってだけその光が無力なのかは誰にもわからなかった。ファムオ自身にも。
物体とそれが発する光の破壊力について話を聞いた人々は、決して山に近づかなくなった。しかしファムオだけは毎日のように山に通い、穴にこもってそれを観察した。人々はそんなファムオのことを気味悪がって、前にもましてあからさまに排斥し馬鹿にするようになった。
物体に手を触れてもファムオは平気だった。触れると生き物みたいに穏やかな微弱な温かみが彼の手のひらに伝わった。あるときファムオは、物体を指の先で軽く叩いてみた。込めた力からは思いもよらない大きさの音が高く鳴り響いて穴に共鳴し、そして鐘の音のように周辺一帯に響いた。集落にもその音は届いたが、誰も気がつかなかった。ファムオ自身も音が消え入る直前まで音の存在に気がつかなかった。なぜなら彼はその音をはじめて耳にした気がしなかった。彼が楽器を叩く以前から、音はずっとそこにあったかに思われた。あたりにずっと響いていて、いつも自分を取り囲んでいたのだと思った。彼が生きる星を包む大気の層のように。

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ファムオが夢うつつに音を鳴らしていると、どこからともなく現われた白い燐光のような一団が目の前を通り過ぎた。
誰、とファムオが声をかけると、そのうちの一人が、ファムオのほうにわずかに顔を向けた。
宇宙キャラバン(とその人物は答えた)、星から星へと旅するキャラバン。
噂には聞いたことがあるよ、とファムオは答えた。
珍しい楽器だね! とその男は言った。声としゃべり方の感じから、ファムオはその人物はおそらく男なのだろうと推測した。
楽器、とファムオは聞き返した。
そうさ、それは音を出しているじゃないか。音を出す機械のことを楽器と呼ぶのだよ。
ファムオは楽器という道具については知っていたが、その知識は限定的だった。硬い糸をはじいたり、木筒に張った皮を棒で打ち付けたり、細長い管に息を吹き込んだりして音を出すものが、彼にとっての楽器だった。しかしこの奇妙な三角錐はそうした要素を一切持たない。
君はずっと演奏していたじゃないか、と男は言った。
ファムオは確かにその物体によって音を鳴らしていたが、演奏していたつもりはなかった。
音楽だったんだよ。それが音楽だったんだよ。
キャラバンは去って行った。男が最後に口にした**音楽**という言葉は、ファムオにははじめて聞く言葉のように思えた。

ファムオは穴をさらに深く堀り、誰も届かない下方へと楽器を運んだ。いつしか彼はその穴の底で暮らすようになっていた。彼はその暗い空間にこもってひとりきりで音を鳴らし続けた。木の実や野菜や水を貯えてはいたが、めったに口にしなかった。光に触れて以来、ファムオは飢えも渇きもほとんど覚えなかった。
地底に楽器の音が響く。その音色は濁っていたが、それにもかかわらず澄んで協和していた。そうだ、いわば音は美しく濁っていたのだ。荒々しく打ち鳴らされる太鼓や、狩人たちのウォー・クライのように。澄んだ音ばかりが美しい音色なのではない。そのことをファムオは知った。
音楽はあとからあとから生み出されては地底より深く暗い無音の淵へと沈んでいった。誰の耳にも聞き取れない音楽は、地面を貫いて星の外へと放たれ、そして宇宙の調和を静かに、致命的に乱した。目に見えない、そこにいるはずもない誰かに向けて、ファムオは音によって伝言を託した。ときどき彼は穴ぐらの底で涙を流した。そんなときには、楽器の折れ曲がった尖った先端からも、透明な雫が滴り落ちていた。

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集落の人々は山には近づかなくなっていたし、ファムオの存在は彼らの間ではすでに完全に忘れ去られていた。
ある夜のこと、人々は遠くの山の輪郭が暗い空に浮かび上がるのを見た。その次の瞬間には、光の洪水が山頂から光の速さで集落に押し寄せ、すべてをその白い輝きの中に抱きこんでいた。光に飲み込まれた人々はまるで偉大な恩寵に触れたかのように、満足げで幸福そうな笑みを浮かべながら、そのまま死んでいった。

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ファムオは生涯の大部分を穴倉の底で孤独に過ごした。年々深さを増す穴倉の壁面に、いつからか彼は音符を記すようになっていた。楽器のクリーム色の表面から削れたり摩耗したりしてこぼれ落ちたクリーム色の粉を用いて、特に何を意図するでもなく、彼自身が考案した独自の記譜法によって音を書き留めた。きらめく星や虹の色をした音符が暗い洞窟の壁に踊った。
数千年後、あるいは数億年後に再び宇宙キャラバンが通りかかるとき、彼らはこの壁に刻まれた音符を目にして、かつてこの星に音楽が存在したことを知るだろう。いや、キャラバンでなくても誰かが、後世にこの星に新たな生命として宿る種族が、地層の底から音符を発見するかもしれない。光る図形が意味するところを彼らはすぐには理解できないかもしれないが、きっとさまざまに想像を巡らせるだろうし、特に才能と想像力に長けたものであれば、きっとここから音楽を連想するに違いない。
今や楽器は滅びつつあった。それは古びて色褪せ、あちこち欠けたり砕けたりして、もとの三角錐の姿はもはやあとかたもなく、ひとかけらのいびつな形の石のようなものになっていた。あの鋭い眩しさも失われ、欠片はただ仄かな弱弱しい光をたたえるのみである。小さくみすぼらしいその石ころがかつては巨大な柱の形を成していたとは、ファムオ自身にさえ信じられなかった。
ファムオは想像した。いつか遠い未来にこの地層を発掘するかもしれない誰かは、白骨が握りしめたこの石を見て、何を思うだろう。そして彼は遥かに遠い時間の彼方に思いを馳せ、少し微笑んだ。
最後のわずかな光も消え入ると、干からびたみたいに真っ黒な楽器の欠片は、まさしく石と見分けがつかなかった。それを手にして横たわるファムオの肉体もまた、そのときにはすでに冷たくなっていた。