2022-05-01から1ヶ月間の記事一覧

耳に残って消えない曲

不愉快なメロディが耳にこびり付いて消えないことはよくある。大嫌いなのに口ずさめるし、ついでに歌詞まで思い出せてしまう。たちの悪いことに、不愉快になる曲というのはたいていよく売れている曲で、つまりあちこちでかかっているから、聞きたくなくても…

飛行機

ひこうき、とつぶやいて彼女は顔をあげた。床に膝をついて座る彼女の前には積み木が積まれている。何を作っているのか、とさっき尋ねたみたところ、お城だと彼女は答えた。城門、櫓、天守、お堀、と彼女はひとつずつ説明した。いろんな形の積み木をぞんざい…

水滴

ベッドに横になり目を閉じるとどこからか水が滴る音が聞こえてくる。その音に耳を澄ませているとすんなり眠れることに気づいた。だからその音は僕にとって良い音だったのだが、今夜ははぜか、やけにその音が気になってしまう。本当にどこかで水が滴っている…

泣く女

隣で女がすすり泣きをはじめて、僕は映画に集中できなくなった。でも彼女が泣くのも無理はない、恋人たちの悲恋を描いたその作品に、彼女が感情移入するのは自然なことだし、それにその映画はいかにも見る人を泣け、さあ泣けと煽り立てるような内容だったか…

ある機械

その機械はクラゲにそっくりな形をしている。吸盤がついていて、壁にくっつけることができる。さっそく壁に取り付けてみたところ、部屋から音が消えた。自分で声を発しても声は聞こえず、外から聞こえていた雑音も途絶えた。彼が開発したクラゲ型吸音装置は…

都市の鼓動

かつて夜の都市に響く音に魅了された時期があった。僕はそれらの音をすべて自分の耳で聞きとり、記憶したいと望んだ。当時、僕は日が昇っている間は決して目を覚まさず、いつも暗くなってから起き出して、そして夜どおし街を歩き回っていた。巨大なバイパス…

森の小さな滝

訪れた家の庭には滝があった。池が二つの層に別れていて、上の池から下の池に水が流れるようになっている。その家の主人は、庭に滝を作るのが若いころからのの夢だったのだと言った。それを成しえた今、もう人生に思い残すことはない。彼の口調は真剣だった。…

鉄工所にひそむもの

あの鉄工所はすでに閉鎖されていたらしい。そのことを知って驚いた。そこからはいつもいろんな音が聞こえていたのだ。機械が作動する低い音や、何かを打ち付けるような金属的な固い音が、近所の僕の家にまで届いていた。それも毎日夕方まで。だから僕は当然…

雷、セイウチ

夜空に閃光が走るその一瞬にだけ、部屋の中は昼間みたいに明るくなる。そして光に続いて届くあの轟音、少年は窓から外を眺めながら、胸の高鳴りを覚えていた。この興奮と、音のために、すぐには眠れないだろうと思っていたのに、実際にはそのあとベッドに入…

海辺の猫のナミ

海を臨む大きな窓がある部屋は、家の中でいちばんよく波の音が聞こえる。猫のナミはその部屋がお気に入りだった。いつも窓辺で日向ぼっこしながら波の音に耳を澄ませるみたいにじっとしている。家族の人たちはそのことを面白がった。ナミは波っていう名前だ…

せせらぎ

死んだことを知らせる葉書が来た。かつて交際していた女の名前が記されていた。僕は彼女と過ごした日々を思い出してしまう。楽しい思い出はほとんどなかった。あのころ、僕らはほとんどひっきりなしに疑い合い、傷つけ合っていた。僕らの間に愛情などあった…

今夜は風が強いから、戸が大きな音を立てて閉まるようなバタンバタンという音がどこからかひっきりなしに聞こえていて、そのせいで眠れず僕はいらいらしていた。アパートの各部屋のドアの隣にはガスメーターのボックスがあるのだが、そのボックスのドアの鍵…

雨のラビリンス

デパートの屋上には迷路アトラクションがある。そこはいつも日曜日などには子供たちでにぎわっているのだが、今は平日の午前中であり、しかも結構な強さで雨が降っていつためか、人けはなかった。僕はひとりでその迷路に入った。迷路といってもそれほど複雑…

轟音換気扇

彼の家の換気扇はおんぼろで古く、ひどくやかましい音を立てた。そして彼はその音が気に入っていた。ほとんど愛していた。その音が響いている限り、人の声も車の音も隣の犬の吠え声も聞こえなくなる。あらゆる雑音から離れていられる。そして彼の心は不思議…

焚火のそばで

森の中にある広場で、いつものように彼は火を起こした。焚火台の上に火種を置き、枯れ木を重ね、ライターで火を灯す。細い一筋の煙が立ち上り、火はだんだん大きくなって、一人用の焚火が出来上がる。以前に森を散歩していたとき、彼はその場所を偶然見つけ…

ガラスの上の眠り

今日はゴールデンウィークの最終日だし、天気も良かったので、窓ガラスを叩いて割った。床に散らばった破片の上に寝転がってみる。すると頭の中で音楽が鳴りだした。それはPlanning For Burialの『Threadbare』。僕をこのような行為に駆り立てたのは他でもな…

球体浮遊コントロール

開いたドアの隙間から、シャボン玉みたいな球体が、隙間を潜り抜ける猫みたいに形をよじらせながら、部屋に入ってきた。母親は驚くどころではなかったが、赤ん坊は笑っていた。赤ん坊はゆりかごに寝そべったまま、球体に触れようとして手を伸ばし、球体は右…

角砂糖空間

その部屋は真四角で壁も床も真っ白。窓はない。温度と湿度は常に一定に(15°C/50%)保たれている。本来名称は存在しないのだが、ここではあえてその部屋を便宜的に「角砂糖空間」と呼ぶことにする。角砂糖空間に満ちる空気は、いわゆる一般的な意味での空気で…

雪の降る操車場 (Snowy Rail Yard)

長くとどまっていた貨物列車が、ようやく走り去った。音を立てないようにそろそろと金網を乗り越え、ゆっくりと線路に近づく。そしていつものように、レールに頭を預けて線路と直角に横になった。ひどく寒い夜なのに不思議なほど寒さを感じない。首筋に触れ…