2022-08-01から1ヶ月間の記事一覧

夜の予言

夜中、森の奥から声が響いた。けたたましく鋭いその声は、しばしば人々の眠りを破った。それは鳥の鳴き声にも、人間や動物の断末魔にも似ていた。 声が聞こえた次の日には、村では必ず何かしら奇妙なことが起こった。前触れもなく崖が崩れたり、動物たちが泡…

砂嵐の海

窓に海を映して電車は走っていた。8月の午後、日差しは明るく、気温は天文学的に上昇し、外は異常気象めいた暑さらしいが、車内は冷房が効いていて涼しく、僕は肘をついてぼんやりと外を眺めていた。目を閉じてみたところ、想像以上に自分が眠気を覚えている…

花火大会の会場にて

花火会場は蒸し暑く、人でごった返していた。人々はすでに慣れてしまっていて、こういう人が密集した状況に何とも思わなくなってしまっている感じがある。マスクをしていればそれでいいだろう、という感覚でいる。ハルも例外ではなかった。すぐ近くに、大き…

彼は天国で自殺した

彼は所属する宗教団体に毎年多額の寄付をしていた。教義が天国の存在を約束していたためである。信ずる者は死後天国に運ばれ、あらゆる苦痛から自由になり、穏やかで静かな永遠の安らぎを得る。彼はその教えを信じた。それも非常に、熱心に信じた。彼は生活…

形象を捨てる

袋が木の枝にぶら下がっていた。袋は絶えずもぞもぞと動いていた。ところどころ飛び出したり膨らんだり、またへこんだりしていた。中に生き物が閉じ込められていて、それが袋から脱出しようとして四肢をよじらせているのだと思った。袋は破れそうにもなく、…

南へ向かう、流される

ある日ボートで海から漕ぎだしたら、そのまま流されて帰れなくなってしまい、でもそのことでパニックになるでもなく、さほど残念でもなく、不安でもなかった。そんな風に自然に、非常事態を受け入れたのは、未知なる状況への好奇心からなのか、それとも人生…

ある男の日記

一人で洋服屋へ。服を眺めていると、どこからともなく店員がやって来て、それいいですよ、お似合いだと思いますよ、と言った。僕はそのいかにも遊び人風の店員に勧められるがままに、その服を買ってしまった。それは奇妙に派手な服で、家に帰って鏡の前で着…

弾き語りの女(彼女はネズミを思い出させる)

地下道を通りかかったとき、ギターを弾き語る女を見かけた。女は右手で規則的に機械的にコードを鳴らしながら、歌声を響かせていた。僕は思わず足を止めてしまう。昔はよく見かけた、ああやって道端でアコースティック・ギターを抱えて歌う人。西暦2000年前…

銀色マーブル

1 2 3 4 5 6 1 谷間の土地にはいつも風が吹いている。その風を「銀色の風」と名付けたのは、遠い昔、旅の途中にこの土地を訪れた一人の男だった。その男はその風をたいそうありがたがり、特別なものだとみなした。彼の目には実際に風が銀色に見えていたらし…

荒廃した街にて

窓からは街並みが見渡せる。でもそれはもう街並みと呼べるほど立派なものではない。建物は荒廃し、電柱は折れ、道路は焼け焦げ、ビルは崩れ落ちた。ほとんどのものはただの瓦礫に変わり果ててしまった。今僕がいる建物も、かつてはかなり大きな立派な家だっ…

風のない街 夏

見つめている間、街路樹の葉は一度も揺れず、眺めるのにも飽きたのでハルは空を見上げた。チワワ犬みたいな形の雲が空に浮かんでいた。巨大で重みがあって固そうなその雲は空にへばりついたみたいに動かない。そういえば昔、チワワ犬を飼っていたことがあっ…

海からの帰り道

子供たちは砂浜で石を拾い集めて遊んでいた。特に、ガラスが水や砂に削られて半透明の石と化したいわゆるガラス石が気に入ったらしい。僕はそれらの透明な石がもともとはガラスだったことを子供たちに説明したのだが、鋭く尖ったガラスの破片が波にさらされ…

なぜ彼女は去ってしまったか

彼女が道路を歩いてくる。私はカーテンの隙間から一眼レフのレンズでその姿を捉える。彼女は男と並んで歩いていた。彼ら二人の様子は、単なる友達にしては明らかに親しすぎた。その男は、2日前にやはり彼女が親しそうに並んで歩いていた男とは別人だった。彼…

黒い帆船

ある見捨てられた漁港に、いつからか黒い帆船が停泊するようになっていた。小型の漁船ばかりが並ぶなか、大きくて真っ黒なその帆船の姿は否応なしに目立った。他のみすぼらしい漁船を圧するように、妖しげな黒光りをたたえつつ、昼も夜も不気味にたたずんで…

雨の島

小さなボートを漕いで、小さな島へ。海岸にこぎつけるのと同時に雨が降りだした。風のない午後、雨は不思議なほど音を立てず、無数の糸の束のように空から真っ直ぐ降り注ぎ、景色を茫漠とさせた。 髪の毛も衣服も雨に濡れ、でも濡れたままにしながら、彼は森…

怪物

首に当たる部分が存在せず、頭部は胴体にほぼめり込んでいる。手足は発育途上で止まったかのように短く、しかし分厚い筋肉で覆われていてひどく太い。全身はひどく肥え太っていて、全体のシルエットはほとんど球形である。嫌らしく垂れ下がった目と、大きく…

バイオハザードの犬

帰り道の途中、とあるマンションの前の柵に大きな犬がつながれていた。近づくと犬はすごい形相で激しく吠え、こちらへ向かって襲いかかろうとする動きをした。首につながれたリードが切れそうなほどぴんと伸びている。犬はゲーム『バイオハザード』に出てく…

突き刺され貫かれた都市

突き刺され貫かれた都市にたどり着いたとき、僕はその奇妙な俗称の由来をただちに理解した。街の住人が全員、身体のどこかしらを何かしらで突き刺され貫かれていたのだ。長い槍のようなものに右肩を貫かれたまま平然と歩く青年、眼窩に矢が刺さったまま物を…

偉大なる指導者の死

かつての指導者は今、牢獄に幽閉されている。首に金具を嵌められ、粗末な食料を与えられながら惨めな生を生きながらえさせている。全身の大部分の骨は砕かれ、まともな状態で残っているのは頭蓋骨の一部だけ。砕けた骨が肉や内臓に突き刺さったり、あるいは…

その日彼は黒い生き物しか見なかった

玄関のすぐ外に黒い虫の死骸が転がっていた。墨みたいに真っ黒な見たことのない大きな虫。道を歩いていると、何匹も野良猫に出くわした。いずれも黒猫だった。空を見上げると鳥が飛んでいて、それらはすべて鴉だった。道端に鴉の死骸が転がっているのも見た…

旅行中、大雨で帰れなくなる

青春18きっぷを使って下関から金沢まで行った。帰りは大阪を経由して2日かけて帰る予定だったのだが、8月4日、金沢から出発した福井行の電車が大雨のために動かなくなる。美川駅で朝の10時ごろから夕方まで6時間近く閉じ込められ、雨は止む気配もなく、運行…

北へ向かう

タクシーを降りると雪がちらついていて、なぜか静かなパニックに襲われつつ、改札を通り抜ける。見慣れぬ駅はどこかよそよそしく、人々は自分を避けて通るように感じる。古びた天井の色褪せた緑色まで、何だか胸を押しつぶすみたいだった。この気分がどこか…

海の未知の物体

男は南の島の海でダイビングをしていた。サンゴ礁、魚、マンタやエイ、その他名もない色とりどりのカラフルな小魚たち、そうした海の生き物に囲まれて泳いでいたとき、何もないところで頭をぶつけた。どう見ても目の前には何もなかった。海水で満たされた空…

みんなから嫌われ疎まれる新しい住居

このたび引っ越しをした。家を安く購入したのだ。安かっただけあってひどく古い。信じられないほど古くて、築年月は、正確には不明だが仲介業者の話ではおそらく大正時代だということだった。僕は大正時代のことなど考えたことがない。一階建ての平屋で、狭…

冬の森のピアニスト

雪が降り積もった森の奥で、男がピアノを弾いている。音は響かない。あたりはしんしんと静まり返ったまま。音もまた凍りついてしまったのだろうか?いや、ピアニストは人間ではない。ピアノもまた本物ではない。すべては作り物だった。ただの彫刻だった。氷…

風に蝕まれた街

壁という壁が灰色に変色している。風化のためだろうか、それとももともとそんな色だったのだろうか。とにかくこの無人の都市は色を失っている。私は思わずにいられない、かつてどんな種類の人々がここに暮らしていたのか、土地を案内してくれた付添人が、街…