2023-09-01から1ヶ月間の記事一覧

部屋の空白

引っ越しの準備を終えると、部屋はがらんとした。部屋のいたるところに、入居した日以来、いちども目にしたことのない部分があらわになった。彼女はそんな空白を長い時間見つめていた。これまで何年も、それらの空間は、なにかしらの物体に占められていたの…

クジラのいる海底ドーム

海底ドームの外周に沿って、流線形を描くその巨体はゆらゆらと、休みなく大きな円を描くように、何度となく続けられたその遊泳は、何によっても妨げられることはない。常に同じ速度で、規則正しく、休むことなくひたすら続く。まるで永遠を象徴するように。…

身に覚えのない罪

いつものようにブログに出まかせの嘘の作り話を書いて、投稿したら、知らない人からコメントが来て、あのときの犯人はあなただったのですね、今でも許していません、などと書き込まれていて、僕は何のことかわからず、完全に無視していたのだが、コメントの…

存在しないものの影

朝起きるとカーテンの隙間から朝日が差し込んで、壁の一部を照らしていた。その細長い長方形の光の中に、紐のような形の影が落ちていた。僕は不思議に思った。そんな形の影を作るものは、部屋の中にも外にも、どこを探してもないのだ。ということはこれは存…

草むらの黒い文字

家の近くの草むらみたいなところに、黒い小さな塊のようなものがたくさん落ちていた。ごみ袋か何かかと思ったが、よく見るとカラスの死骸だった。たくさんの死骸が、まるで地面に大きなひとつの文字を書くように並べられているのだった。そうだ、確かにそれ…

下から眺める高速道路

都市の北部は工場や倉庫が多く立ち並ぶ工業地帯であり、道路は広く車線は多く、大型トラックが多く行き交う。そのあたりの歩道を歩くとき、僕はたいていいつも上を見上げている。頭上には高速道路が走っていて、それは曲線を描き交差しながらあちこちへ向け…

迷子の砂漠

太鼓に似た音と、がやがやした話し声が聞こえてきて、それにいざなわれるように歩いていたが、音は奇妙な響きかたをして、どこから聞こえてくるのかわからない。砂丘に登って、あたりを見渡してみたが、動くものの姿はどこにもなかった。目に映るのは砂漠と…

墓地のそばの家の娘

ずっと以前、墓地のそばの家の窓に女が顔を出しているのをよく見かけた。妙に肌が黒い女で、いつも表情のない目つきでじっとどこかを見ていた。ある日の午後、僕は墓地へ行き、一番高いところから、望遠鏡でその家のほうを眺めた。女はやはり窓辺にいて、頬…