死んだ父

離れて暮らしていた父が死んだという連絡が警察からあり、僕が遺品の整理を行うことになった。代行業者に頼むこともできたのに、なぜそれを自分でやろうと思ったのか、我ながらよくわからない。僕と父とは、もう何十年も絶縁状態にあり、いまではもう父がどんな顔かたちをしていたかさえ、思い出せないほどだった。
教えられた住所に向かうと、それはどこにでもありそうなありふれた2階建てのアパートで、居合わせた管理会社の人に部屋の鍵を開けてもらい、部屋に入った。部屋の様子は、僕が想像していたものとはかなり異なっていた。異様に物が少なく、こざっぱりしており、神経質すぎるほど几帳面に整頓されていたのだった。管理会社の人は去っていき、僕は一人になった。
そのあとも僕はしばらくの間部屋を眺めまわしていた。室内のどこに目を配っても、乱れている部分がまるでない。衣類は綺麗にたたまれているし、食器や道具や本は高さをそろえて綺麗に並べられている。床にも壁にも傷はほとんどなかった。かつて家族と暮らしていたころ、父親は決して几帳面な人間ではなかった。身だしなみにもろくに気を遣わなかったし、自分で洗濯や掃除などすることは、おそらく一度も自分でやったことはなかった。一人になってから、こんな風に別人のように整頓を好むようになったのだろうか。これほどまでに人間は変われるものだろうか。何度か本当に、人違いではないかと考えたほどだった。でも警察に伝えられた名前はまぎれもなく僕の父親のものだったし、管理会社の人に見せてもらった賃貸契約書には、見覚えのある父の特徴的な筆跡で署名されていた。

荷物を外に運び出し、借りてきた軽トラックに積んだ。物が少ないので、仕事は思いのほか短時間で済んだ。片づけを終えると部屋は空っぽになった。アパートの退去手続きも終えてしまうと、僕と父親との関係は、今度こそ完全にゼロになった。