飛行機

ひこうき、とつぶやいて彼女は顔をあげた。床に膝をついて座る彼女の前には積み木が積まれている。何を作っているのか、とさっき尋ねたみたところ、お城だと彼女は答えた。城門、櫓、天守、お堀、と彼女はひとつずつ説明した。いろんな形の積み木をぞんざいに、ほとんど乱暴に積み上げただけのそれを、女はお城だと言い張っている。今、彼女は窓を見つめたまますべての動きを止めていた。積み木遊びをしていたときとはうってかわって、その表情はどこか張りつめていた。口がきっと結ばれ、白い頬は引き締まり、瞳は黒く輝いている。その目つきはどこか動物めいている。彼女はとても集中して窓を見つめていたが、窓はカーテンで覆われているので外は見えない。カーテンの隙間から細い線のように紫色がのぞいていて、夜明けが近いことが知れた。ところで彼女は積み木遊びが何より好きである。部屋に二人でいるときなどは、僕のことはほったらかして何時間も積み木遊びに夢中になっている。
飛行機がどうしたの、と僕は尋ねた。
音が聞こえるの。飛行機の。すぐ近くで、飛んでるんだよ。

僕は耳を澄ませたが何も聞こえなかった。でも彼女が聞こえるというとき、それは本当に聞こえている。そのことはこれまでの経験上、まず確かなところである。彼女は僕に聞こえない音を聞きとることができる。

このへんでは、飛行機は飛ばないと思うよ。と僕は言った。
彼女は何も言わない。同じ姿勢のままカーテンをにらんでいる。夜明け前の部屋はがらんとしていて、いつもより広く感じた。そしてふだん以上に静かだった。
僕らはしばらく無口に過ごした。退屈しのぎに、僕が積み木遊びに参加しようとしたら、彼女は拒んだ。ひどく強硬に拒んだ。

ずいぶん時間が過ぎても、カーテンの隙間の紫色はなぜか同じ色と明るさのままだった。僕は壁の時計の秒針を見た。でもそれはちゃんと動いている。時間は止まってしまったわけではないらしい。