ネズミ女殺害

広場の片隅で、女がギターをかき鳴らしながら歌っていた。女はいかにも自分の歌声陶酔し満足しきっている人の歌い方をしていた。歌いながら目を閉じたり唇を震わせたりしていたし、リズムをわざとずらしたり、ハイ・トーンのときにわざとらしく声をかすれさせたりした。ロング・トーンを出すときにはどんな場合でも必ず「ヴィブラート」をかける。そうやっていかにも「情感豊かに」歌い上げる。
男はベンチに腰掛けて待っていた。ようやく女は歌い終え、彼女を囲っていた人だかりが解散すると、男は立ち上がり、ゆっくりと歩いて女に近づいた。女は屈んでギターをケースにしまおうとしていた。男はすぐそばに立って、その様子をしばらく眺めていた。女は気づかないのか見向きもしない。

「あなたの歌声は、とても美しいですね。そのことを伝えたかったんです」
男がそう声をかけて、女が顔をあげた。男は手に握っていたナイフを、女の顔の前で真横に線を引くように振った。二つの細い目が赤い一本の線でつながった。同じようにして真横に喉を切った。垂直に赤い線が引かれ、それはほれぼれするほど完璧な直線だった。男は返り血を浴びながら、女が地面にうつぶせに倒れるのを見た。
そのとき女がいきなり変な声を発した。おそらく悲鳴をあげようとしたのだろう。しかしそれは結局声にはならず、うがいに似たごろごろという音が鳴っただけだった。この女はもしかしたら悲鳴にも「ヴィブラート」をかけるかもしれない、と思うと、男は笑いだしそうになって、必死でこらえた。
いつしか女は血を流すただの肉塊と化していた。ギターのハードケースは血であふれかえり、そこにおさまったギブソンアコースティック・ギターも、くまなく真っ赤だった。
男は女の髪の毛を掴んで顔を上に向け、その目にナイフを突き立て、かき混ぜるように動かした。いつだったか休日に、娘のケーキ作りを手伝ったときのことを、男は思い出していた。卵や小麦粉をボウルの中でかき混ぜるように、血や視神経や眼球や肉のかけらを眼窩の内側で掻きまわす。女は無言だった。もう悲鳴をあげようともせず、木のように動かなかった。