スピッツ『青い車』に寄せて

午後、マンションの一室。男は窓から外を見下ろしていた。まるで景色の中に何かひどく興味深いものを見出したかのように、ある一点を凝視している。さっきからヘリコプターが上空を飛んでいるらしく、プロペラの音が絶えず響いていた。

すぐそばにはベッドがあり、女が寝そべっている。足をわずかに広げ、仰向けの姿勢で横たわるその女の顔は、もつれた長い髪の毛に隠れて見えない。女は人形みたいに身動き一つしなかった。
室内にはエアコンの作動音がかすかに響くばかり。男は部屋の隅のデスクのところへ行って、引き出しからはさみを取り出した。ベッドに歩み寄り、シーツの上に膝をついてしゃがむ。相変わらず女は動かない。髪の毛の隙間から白い首筋が覗いている。

男は片手で女の髪の毛を一束掴みとると、耳の下あたりからはさみで真横に切った。黒くつやつやした、20センチほどの長さの髪の毛がひとつかみぶん、男の手の中に残った。
男はそれをぞんざいに手で丸め、デスクの引き出しにはさみと一緒にしまった。

ヘリの音はいつの間にか聞こえなくなっていた。男はまた窓辺に立つ。ガラスの破片を敷き詰めたみたいな街並みが、太陽の光を浴びて白っぽく光っている。理想的な夏の午後だった。

「明日は海へ行こうよ」と男は言った。「君の車で」
女は返事をしない。