面接に行って、絵に描かれる

小倉南区にあるイタリア料理店のアルバイトの面接を受けにいたときのことだった。店長が自ら僕を面接した。一通りのやりとりを終えた後、店長は「じゃあ最後にちょっと絵を描きますんで」と言って、手元にあったA4サイズほどの白い紙に鉛筆で僕の絵を描きはじめたのだった。僕は特に変に思うこともなく、何しろアルバイトの面接を受けることなど生まれてはじめてだったので、こういうものなのだろう、と思って何も言わなかった。
店長は迷いのない手つきで素早く紙の上に人の形を描き出していった。彼は絵を描きはじめてからは、一度たりとも僕のほうを見なかったが、そこに描き出されているのは紛れもなく僕の姿だった。それはデフォルメされた肖像といったような絵だった。僕の特徴が大げさに強調されて描かれている。だからといって過度に漫画的なわけでもなく、十分に写実的で、なおかつ実際の僕よりいくらか美しく描かれている。
お上手ですね、と僕は言った。すると店長は、「イタリア料理店の店長をやっているぐらいだから、これぐらいは普通だ」、といった意味のことを答えた。今思うとよくわからない答えだが、僕は納得していた。つまり料理人になるほど手先が器用なのだから絵ぐらい描ける、という意味だと理解したのだ。

そのあと僕は黙って絵が完成してゆく過程を横で眺めていたが、やがて変なことに気づいた。絵に描かれた僕は服を着ていない。服だけでなく、皮膚さえまとっていない。全身の筋肉がむき出しになっているのだ。保健の教科書などに載っている筋肉組織の図解のようだった。筋肉の描写は正確で緻密で、専門的な知識がなければ描けないものだった。
なんだかすごい、と僕は感心していた。こんな場所で自分の筋肉の組成を目にすることになるとは。
すると突然店長が手を止めて、面接の終わりを告げた。僕は一礼して去った。

アルバイトには採用されなかったので、後日談は何もない。