夜の音楽室

小学校の前を通りかかったとき音楽が聞こえた。ちょうど音楽室があるあたりから、オーケストラの音色が響いていた。その演奏は滑らかで、それでいて引き締まっていて、乱れたりゆるんだりした部分がどこにもなく、どう聞いてもプロだった。それを伴奏にして、何かの楽器がメロディーを独奏している。その独奏のほうはまったく上手ではなく、それどころかひどく下手だった。リズムは不安定だし、ところどころ音がちゃんと出ていなかった。その独奏楽器の音色は、おそらく鍵盤ハーモニカだった。いかにも小学校の音楽室的な楽器ではあるが、しかし鍵盤ハーモニカのための協奏曲というものが、果たしてこの世に存在するのか?少なくとも僕は知らない。どこかの無名の作曲家が、小学校で鍵盤ハーモニカを習う息子か娘のために、書き下ろした楽曲かもしれない。しかしその音楽は興味深いものだった。鍵盤ハーモニカの限られた音域の中で、魅力的なメロディーが次々に飛び出すカラフルな楽曲で、ソロ鍵盤ハーモニカ奏者は確かに技術的に不安定ではあったが、メロディーの輪郭はちゃんと追えていたし、聞くに堪えないというほどではなく、むしろその下手さには変な魅力があった。その独奏れ、まるでウィーンかベルリンの交響楽団のように精密で華麗なオーケストラ伴奏が支えるという構図が面白くて、僕はつい足を止めて聞き入ってしまっていたのだった。

音楽はいきなり断ち切られたみたいに終わった。僕はよほど校門をよじ登って小学校に侵入し音楽室に行ってそこにいるはずの演奏者たちに曲の詳細について尋ねようかと考えていたのだったが、そんなことをしたら不審者扱いされて通報されることは間違いない。門の隙間から音楽室のほうを見てみたところ、窓に明かりは灯っていなかった。考えてみれば今は夜中で、夜中の小学校に人などいるはずがないのだ。それもオーケストラを構成するだけの人間が、あの狭い音楽室に一堂に会するなんて、あるはずがない。それにあのオーケストラの演奏は上手すぎた。超絶技巧が過ぎた。もしあれを小学生が演奏していたのだとしたら、怖ろしいことだ。どういうわけか音楽が止むまで、僕はそうしたことに疑問をいだかなかった。