泣く女

隣で女がすすり泣きをはじめて、僕は映画に集中できなくなった。でも彼女が泣くのも無理はない、恋人たちの悲恋を描いたその作品に、彼女が感情移入するのは自然なことだし、それにその映画はいかにも見る人を泣け、さあ泣けと煽り立てるような内容だったから、彼女がそれに乗せられてしまったとしても、そんなに不思議ではない。とにかくそんなことはどうでもよくて、僕は彼女の泣き声を聞いて、奇妙に心を動かされていた。決して迷惑だったわけではないし、涙を流す様子が、愛おしいとか、綺麗だとか思ったわけでもなかった。僕が心をひかれたのは彼女の泣き声だった。僕は音楽を聴くように彼女の嗚咽に聞き惚れていたのだ。その音色はまるで心を柔らかいへらのようなものでそっと撫でるようだった。考えてみれば、すぐそばで女性がすすり泣くところを見たことはなかった。彼女は僕にとって最初の恋人である。彼女は潤んだ目でスクリーンを見据えながら、ときどきハンカチで涙を拭いた。僕は彼女にずっと泣いていてほしいと思った。でも映画が終わったときには、彼女は笑っていた。そしてどことなく普段より元気だった。泣いてすっきりした、といった意味のことを彼女は言って、そのあと僕らは食事に出かけた。