彼の空腹

テーブルに向かって彼はイチゴを食べていた。ブドウも食べた。リンゴもあった。みかんも。要するに果物を食べていた。相当にたくさんの果物を、半ば一心不乱に。恐怖から逃れたいとき、彼はそうやってひたすら食べる。別に果物に限らないのだが、そのときにはたまたま冷蔵庫にいろんな多くの果物があったので、それを食べることになったのだった。

ある予感から彼の恐怖は生じた。ずっと昔に起きた、とっくに忘れていた出来事の記憶がふいによみがえり、それがいずれ致命的なトラブルに発展するのではないかという予感にとらわれてしまって、怖ろしくて仕方がなくなったのだった。そして今の彼にはその問題を解決する手段はない。問題の原因はすでに時間的にも物理的にもはるか遠いところに追いやられてしまっているために、手出しできないのだ。いわば地中に埋められた時限爆弾のようなもので、いつ爆発するのか、本当に爆発するのかどうかもわからない。彼としては爆発せずにすむことを願うしかない。

さしあたって彼にできるのは食べることだけだった。どういうわけか食べても食べても冷蔵庫の果物はなくならず、この場合それは彼にとってありがたいことだったが、とにかく彼は食べ続けた。