冬の森のピアニスト

雪が降り積もった森の奥で、男がピアノを弾いている。音は響かない。あたりはしんしんと静まり返ったまま。音もまた凍りついてしまったのだろうか?いや、ピアニストは人間ではない。ピアノもまた本物ではない。すべては作り物だった。ただの彫刻だった。氷でできた白いピアニストとピアノ。氷漬けにされた本物の人間とピアノのようにも見える。それほどにリアルで精巧な作品だった。ピアニストの顔の細かい皺や黒子、両手の甲に浮き上がった血管、グランドピアノの内部の弦の一本一本まで精巧に造られている。人の手で制作されたものとはちょっと信じられない。だいたいこの森では、いまだ人の姿が観察されたことはない。

夏になると彫刻は溶けてしまう。しかし跡形もなくなるといったことはなく、不格好な大きな氷の塊のようになって、その状態でとどまっている。また冬が来て雪が降り出すと、もとのピアニストとピアノの形に戻るのだった。まるで誰かがひそかに手を入れているかのようだった。でも繰り返すようだが、ここに人間はやってこない。
雪と冷気に固められ、冬の間ずっと、氷漬けのピアニストは聞こえない音楽を演奏し続けるのだった。