赤いテープの部屋

それは友人というほど親しくはないが顔を合わせると結構長く話し込むという類の知り合いであり、今夜も僕はバーでその男に出くわし、お酒を飲みながら話していた。僕はの職業も年齢も、名前すらも知らなかった。都会で人と付き合うとき、そうした情報は意外に必要ないものだ。
男は自らについての話をすることを比較的好んだが、その話は別に退屈ではなかったので、僕も興味深く聞いていた。その日、彼は自分が今インテリアに凝っているのだ、と言って、そうだ、今夜は僕の家で飲まないか、と彼は言った。おそらく僕にその凝ったインテリアを見せたいのだろうと思った。いかにも部屋を見てもらいたそうな顔をしていたから。せっかくなので僕は誘いを受けることにした。別にこちらもやることはなくて時間を持て余していたのだし、興味も少しはあった。

男の家はバーから歩いて10分ほどのところにある小さなビルだった。ビル全体が彼の所有する不動産であるらしい。その最上階の一室を彼は自分の住居として使っている。
がらんとした玄関に入り、細く短い廊下の突き当りのドアを開くとそこはもう部屋だった。部屋は一つしかなかったが、その部屋はかなり広く、おそらく20畳ほどはあった。灰色のコンクリートが剥き出しの壁と天井。キッチンもリビングも、彼の個人的な趣味である油絵を描くためのスペースも、すべてその一室に区切られることなく共存している。壁や天井は剥き出しだったが、インテリアに凝っているというだけあって、家具のデザインは洗練され、全体の色調は統一されているし、またあちこちにお洒落な小物や置物などがあって、殺風景な印象は全くない。とにかくどこに目をやっても乱れた部分、手を抜いた部分がない。すべてが人の目を十分に意識しているみたいに、作り物のように整っている。僕はいたく感心したが、ただそうやって感心するよりも先に、僕の注意を著しく引いたものがある。いま述べたような観察はすべてそのあとで行われたものである。つまり部屋のあちこちに奇妙な赤い線が走っているのだ。その赤い線の正体はビニールテープだった。色付きの荷造り用テープ。昔、小学校の頃などに、運動会の応援合戦のためのポンポンを作るのに使ったような、薄くてらてらしたあんなテープである。そんな赤いテープが、天井から垂れ下がっていたり、壁から壁へ架けられていたり、壁から床へ斜めにつながれていたりする。壁から飛び出して部屋の真ん中あたりで途切れているテープもあった。それは床と平行にピンと伸びた状態で、凍りついたみたいに空間に静止していた。どうやって固定しているのかはわからない。そして風もないのにテープはときどき揺れていた。窓はすべてぴったりと閉ざされている。おそらく空調設備のためだろう。しかしその揺れ方が、何となく生き物めいていてぞっとさせた。

いったいこれはなんなのか、頭に疑問がうずまいたが、なぜかそれについて質問してはいけないような気がして、何も言えなかった。というのも友人の男は、そんなわけのわからないテープなどまるで目に見えないようにふるまっていたのだし、実際に彼はそれらのテープを器用に避け、決してそれに触れないようにしながら、室内を歩き回り、家具や調度品にまつわるエピソードや思い入れなどを話していた。
僕もまた彼に倣って、テープに触れないようにしていたが、それは簡単なことではなかった。なにしろ赤外線レーザーのように部屋中に張り巡らされているのだ。気を抜くとすぐに身体のどこかが引っかかってしまいそうになる。もし触れたらどうなるのだろう?本当に警報装置が作動し、けたたましいブザーが鳴り響くのだろうか。そんなことが気になって、男がいかにも愉快そうに、熱心に話しているのに、その内容はぜんぜん頭に入ってこないのだった。