シェアハウスの思い出

かつてシェアハウスで暮らしていた。そこでは住人がしょっちゅう入れ替わった。いろんな人がつぎからつぎへとどこからともなくやって来ては去っていった。いちばん短い人は、1日しかとどまらなかった。その人物は、シェアハウスに一歩足を踏み入れるやいなやそこにあるすべてのものに悪態をつき、悪態をつきながら出ていった。僕はその人物の言葉や態度に、当時はけっこう傷ついたものである。何だか自分の人格が否定された気がした。しかしすべては過去のことである。

僕はいつしかそのシェアハウスにおけるベテランの住人のようになっていた。僕より古くからいる住人は2人しかいなかった。僕はその2人のうちの片方とは友好的だったが、もう片方とは敵対関係にあった。その男(ここでは「G」と呼ぶことにする)のことが、僕ははじめて顔を合わせたときから気に入らなかったし、相手のほうも同じであるようだった。僕とGとはしょっちゅう衝突した。ことあるごとに口論や喧嘩をした。一定の時期が過ぎてからは、いちいち争うこともなくなり、ただひたすらお互いを無視するようになった。

そのうちに友好的だったほうの古参メンバーがシェアハウスを去った。彼はある朝ふらりとどこかへ出かけ、夜になっても帰ってこなかった。数日が過ぎ、数週間が過ぎても帰ってこなかった。彼の持ち物は家にほとんど残されたままだった。彼は前触れもなく突然姿を消した。何か事件に巻き込まれた可能性だってあった。それなのに我々は特に心配することもなければ寂しがることもなかった。誰もがいつか去るのだ。そして去るものを追ってはならない。それはその場所での暗黙のルールだった。そしてそのうちにみんな彼のことを忘れた。

その後どういうわけか、僕とGとの敵対関係が復活した。我々は以前よりずっと強く、深くお互いに憎しみ合うようになった。頻繁に激しく衝突し、血が流れることさえあった。険悪なムードが常態化して、住人はひとり、またひとりと減っていった。
最後のころには、住人は3人しかいなくなっていた。僕とGと、あともう一人の若い男性だけである。その若い男は、いちばん若かったのに誰よりも落ち着いていて、超然としていた。痩せていて声が小さく、どこか臆病そうな印象があるのに、何があっても感情を乱されることがなかった。彼は集中すると文字通り周りのものが一切目に入らなくなった。彼が本を読むとき、すぐそばで大声を出してもその読書を妨げることはできない。彼がひとたび眠ると、大地震が起きてもその眠りを破ることはできない。彼はいつも何もかもを等しく軽蔑しきった目つきで周囲を眺めた。

そんな3人での共同生活も長くは続かなかった。ある日の明け方、僕は共有リビングの床の上に誰かが倒れているのを見つけた。それはGだった。彼は仰向けに横たわり目を見開いたままぴくりとも動かなかった。確かめるまでもなく死んでいた。凝固した死体の固さと冷たさが、部屋の空気をも固く冷たくしていた。
すぐそばには例の若い男性の住人がいて、彼は椅子にもたれて本を読んでいた。彼は読書に集中していて、僕にも死体にも全く関心を払っていないように見えた。
憎むべき敵が死んだ。僕は自分が殺したのだと思った。身に覚えはなかったけれども、単に記憶が抜け落ちているだけだと思った。
自首してくるよ、と誰に言うともなく僕が言うと、その必要はない、と答えるものがあった。それは例の若い男だった。彼は本から顔をあげ、あなたは誰も殺していない、と言った。Gは夜中に急に起き出して、なにかわからないことをひとしきり呟きながら倒れて、そのまま動かなくなったのだ、と彼は言った。
僕はそのとき、どこで何をしていたのか、と僕は言った。
あなたは部屋で眠っていた、と彼は言った。
それで僕の無実は証明された。
僕と若い男は死体を山に運び、穴を掘って深く埋めた。
その1週間には彼も去ってしまった。新しい住人はもうやってこなかった。僕は一人になった。そのあとの記憶は漠然としているが、とにかく僕はその家を出ていって、別の場所に移り住んだ。

昨夜夜中に目が覚めて、何となく窓の外を見ると、暗い中に浮かび上がる庭の樹木がまるで人影のように妖しげに佇んでいた。それを見て僕は久しぶりにシェアハウスのことを思い出したのだ。