白い部屋に住む女

女はマンションの15階に一人で住んでいた。その部屋にはじめて足を踏み入れたとき、男は呆然として立ちすくんだ。室内にある何もかもが白かった。冷蔵庫もテーブルも食器もみんな白。化粧台もスピーカーも電子ピアノも白、コードやケーブル類には白いテープが巻き付けてあったし、フローリングは白いペンキを塗ったすのこを敷いて覆い隠されていた。壁と天井はもともと白かったが、窓枠のステンレスやクローゼットの扉や部屋のドアなどはみんなペンキで白く塗られていた。
かまくらの中みたいだ、と男が言うと、女は「誰もが同じことを言うものだわ!。と言って笑った。
君は白が好きなんだね。
そういうわけじゃないわ。
じゃあ何でここまでするの。
「せめて部屋だけは白く、ってこと。
不可解な答えだったので、男はそれについての意見を口にするのは留保した。
でもこの部屋は賃貸だろう?こんなにペンキを塗ったら、まずいんじゃないの、と男が言うと、女は、「そんなのは出ていくときにお金を払えばいいのよ!なんでもお金で解決できるのよ!お金さえ払っておけば連中は何も言わないのよ!」と言った。
「どう、この部屋。落ち着くでしょう」と女が言って、男はうなずいた。

二人はその白い部屋で多くの時間を共有した。めったに言葉は交わさず、もっぱら黙って音楽を聴いた。彼女は静かな電子音楽を好み、人の声が入った音楽は決して聴かなかった。泡のような音が漂う室内で、二人は物思いにふけったり、意味もなく虚空を眺めたり、まどろんだりした。ときどき女は自身の思い出話を断片的に語ったりもした。真っ白な部屋に、女の囁くような声が響くとき、それは架空の詩のように聞こえた。