あなたの空は私の空より暗い

東欧を思わせる街並みは美しくはあったが陰気だった。僕はこの街を住む場所として選んだ自分の判断を早くも後悔したい気分になっていた。前に訪れた印象では、良さそうな土地に思えたのだ。端正でもの静かで機能的な、いかにも住みやすそうな町。どうして今日はこんなに暗く見えるのだろう。天気のせいだろうか、この立ち込める暗い黒っぽい雲のせいだろうか?確かに以前に訪れたときはいつも晴れていた。おそらくそうなのだろう、空が曇っているせいだ。でも雲はそんなに分厚いというわけでもない。せいぜい薄曇り程度だった。そのわりにいやに黒っぽく見える。
街は起伏に乏しく、坂道はほとんどない。自転車に乗っている人を多く目にした。長い散歩を終えてアパートに帰って来たとき、ドアの郵便受けに二つに折った紙片が挟まっているのに気付いた。抜き取って開くと、そこには短い一文が記されていた。

「あなたの空は私の空より暗いのでしょう」

僕は廊下に立ち尽くしたまま考え込んでしまった。これはいったい何だろう。あなたの空は私の空より暗い。詩の一部かなにかだろうか? 何にしても、ここに書かれた「あなた」が、僕のことではないことは確かだ。僕がこのアパートに住んでいることを知る人はいない。だからおそらくこれは、以前にこの部屋に住んでいた住人に宛てたメッセージなのなのだろう。前の住人の知り合いか友人か誰かが、すでに引っ越したことも知らずにメッセージを残したのだ。そうとしか考えられない。

部屋に入ってから、僕はその紙片をゴミ箱に捨てようとしたが、思い直してやめた。そしてそれを机の上に放り出してしばらくぼんやりしていた。僕の思考は紙に書かれた奇妙な一節にとらわれてしまっていた。「あなたの空は私の空より暗いのでしょう」、不思議な偶然ともいうべきか、知らない誰かが、やはり知らない誰かに宛てたそのメッセージについて、僕には思い当たるところがないわけではなかった。ちょうどその紙を見つける直前まで、僕は空について考えていたのだ。この街の陰気な空について考えていたのだ。

あらためて紙を手に取り、文字を見つめる。それは黒いペンで、紙片を隙間なく埋め尽くすような大きい文字で書かれている。いくつかの直線は定規を使ったみたいに真っ直ぐだった。字からは書いた人の性別も年齢も推測できない。そのカクカクした文字を見るうち、僕はなぜか、やはりこの誰かは自分を知っているのではないか、これは自分に向けられたメッセージではないのか、という確信を深めていた。

窓辺に歩み寄ってカーテンを開けた。空は夜のように暗い、先ほどまでと同じように。黒っぽい雲は、街を押しつぶそうとするかのように、ゆっくりと下降しているみたいだ。