大きな蛾が、けたたましく羽音を響かせながら、顔のすぐ上を飛び回っている。旋回したり、ホバーしたり、上昇と下降を繰り返したりしている。虫はそうやって僕を苛立たせて楽しんでいる。その丸々太った胴体は毒々しい色をたたえ、羽には胸の悪くなるような不快な模様が浮かんでいる。その模様は頭蓋骨を正面から描いた絵に似ている。鱗粉が顔に降ってくる。僕はそれを振り払おうとして腕を大きく動かし、その動作によって目を覚ました。

部屋を見渡しても蛾などどこにもいなかった。僕は起きあがって洗面所に行き、何度も顔を洗った。生々しい夢の余韻と、顔に付着した(と思い込んでいた)鱗粉を洗い落とすために。

羽音だと思っていたのは芝刈り機の作動音だった。窓から見える丘で、作業服を着た人物が芝刈り機で斜面の雑草を刈り取っていた。そういえばその作業は今朝から行われていた。朝起きて窓を開けたとき、僕はあの作業員の姿を目にしていた。
斜面はかなり広く、見たところまだ全体の十分の一ほどしか草は取り除かれていない。そして作業員は一人だけ。あの仕事は今日だけでは終わらないだろう。明日はうまく昼寝ができるだろうかと僕は不安になった。また同じ夢をみないとも限らない。また夢の中で、芝刈り機の音が蛾の羽音に変わってしまうかもしれない。そのことを思うと憂鬱になる。