ある寒い国のバーにて

暖かさを求めて飛び込んだバーはどこか寂しかった。集まった客たちも、バーデンダーさえも、みな寂しげな目つきをしていた。僕はカウンターに肘をついてウォトカをちびちびと飲んでいた。そんなものが飲みたかったわけではないが、ウォトカのほかには置いていないとバーデンダーが手ぶりで伝えたのだ。長い距離を歩いた後、僕の黒いコートは雪をたっぷりかぶって真っ白だった。暖房が利いた店内にいても、その雪がすっかり溶けてしまうまでにはかなりの時間がかかった。身体を芯から凍らせるような寒気が去るまでにはもっと時間がかかった。どこからともなく小さな音で音楽が鳴り、それに合わせて若者たちがフロアで踊っている。彼らが寂しげに見えるのはおそらく現在の僕の心境のせいだろう。今夜泊まる場所はいまだ決まっておらず、しかし宿を求めてまたあの凍える街を歩く気にもなれないので、無理にでもこのバーに一晩居座ってやろうかと、僕は考えていた。追い出されるまで店にいるつもりだったが、追い出されそうもなかった。午前2時を過ぎても3時を過ぎてもバーは閉店しそうな気配を見せない。僕はたどたどしい英語で(というのもこの国の言語はひどくややこしく、旅に出る前に本を買い込んで勉強したのだがすぐに挫折したのだ)バーテンダーに話しかけた。この店は何時まで営業するのですか?
彼は僕よりはましな英語で答えた。まだだいぶ先だよ。
一晩中?
男は首を少し曲げたが、何も言わなかった。若者たちは踊り続けている。彼らはどことなく骸骨の群れのように見える。男も女も一様に痩せていて、背が高く、誰もがいわくありげな笑みを浮かべている。似たような光景を描いた絵画を見たことがある気がした。
ある一人の男は、フロアを壁に沿ってぐるぐると何周も歩いていた。僕はバーテンダーに、あの男は何をしているのかと尋ねようとして、すぐにやめた。なぜか声を発する気分になれなかったのだった。言葉を発することが不適当な行為に思われた。まるで夜が更けるにつれてこのバーでは言葉が廃れてゆくかのようだ。誰も言葉など発さず、ただ飲むか踊るか、あるいは歩くかしている。僕は深く酔っていたが、よろける足取りでスツールから立ち上がり、見よう見まねで身体を動かして踊りの真似事をした。スロウ・ダンスのくぐもった音像が粉のように舞うダンス・フロアで、そうして朝まで踊って過ごした。