踊る二人の対話

そういや先週はどうなったの。とAが尋ねた。
行かなかったよ。とBは首を振った。
行ったって聞いたのにな、行ったんだと思っていたよ、とAは意外そうに目を丸くした。
そうさ、行くつもりだったんだ。でもちょっと事情があってね。とBはため息をついた。
何があったのかい、とAは真剣な顔つきになった。
Bは人差し指の先でテーブルをしきりに叩きながら、しばらく黙っていた。
そういえば僕もあれから、あいつには会っていないな、とAは遠くを見るような目つきをした。
ああ、そのほうがいい、会わないほうがいい、俺ももう奴に会うことはない、とBは吐き捨てた。
何かあったの、とAは怪訝そうな顔をした。
見たんだよ、あいつを、とBは声を落とした。
見た? とAは聞き返した。
あいつが一人で、あの屋敷に入って行くところを見たんだ、とBは低く叫んだ。
Aはしばらく無言でいたあと、信じられないという様子で天井を見上げた。
たぶん、あいつは最初からそうするつもりだった、一人でやるつもりだったんだよ、とBはうめいた。
うむ、でも、まさか奴が……とAは額に手をやる。
あいつはどうでもよくなったんだ、計画を台無しにするつもりなんだよ!とBは喚いた。
でもあいつだって、裏切ることが何を意味するかはわかってるはずだ、そんな愚かなことはしないだろう、……とAは苦し気に声を絞り出した。
結局あいつは、俺たちの仲間には不適格だったんだろうね、とBは自嘲するように笑みを浮かべた。
でもそれが本当だとしたら、大変なことになるぞ。俺たちも、こうしてのんびりしているわけにはいかない、とAは声を震わせた。
まだ時間はある、どうにでもなるよ、とBはコーヒーをスプーンでかき混ぜた。
いずれあいつの処分は考えなくちゃいけないな、とAは考え込むような顔つきで静かに呟いた。
一人目の男すなわちAは、それに対して何か長い返答をしたのだが、それは僕にはよく聞き取れなかった。その後、二人はそれまでよりずっと声を落とした。


二人の男はいかにも深刻な様子で話していた。僕は隣の席でその会話に聞き耳を立てつつ、あれこれ想像を巡らせていたのだったが、彼らが何のことを話しているのか、見当もつかなかった。そして僕が本当に興味をひかれたのは会話の内容ではなかった。二人の話し方というか、話す態度だった。二人ともどこか変だった。何か言葉を発するたびに、溜息をついたり、首を振ったり、神経質そうに指先でテーブルを叩いたり、額に手をやったり、ティー・スプーンをかき混ぜたり、天井を見上げたり、そんな何かしらの動作をしていたのだ。そのさまはあまりにせわしなくいのでほとんど踊っているみたいだった。言葉についても同じだった。彼らはすべての言葉に異なるニュアンスを込めて喋った。吐き捨てるようにだったり、唸るようだったり、ため息交じりだったり、声を震わせたり、半ば叫んだり、静かに呟いたりした。彼らの喋り方や仕草をすべて正確に描写しようと思えば、動詞や形容詞や形容動詞がいくらあっても足りない。
最初のうち僕は、二人は俳優か何かで、舞台か何かの台詞の確認を行っているのだろうと考えていたのだが、だんだんそれも疑わしくなった。何しろ彼らの仕草や言葉のバリエーションは必要以上に多様で多彩だったので、ほとんどふざけているようにも思えてきて、実際に僕はしばしば笑いをこらえなくてはならなかったのだ。でも横目で様子をうかがう限りでは、二人とも真剣だった。

二人が店を出て行ってしまうと僕は急に寂しさを感じた。あんな奇妙な人たちにはもう会えないかもしれない。でももしかしたら、この広い都会には、ああいう種類の人たちはまだほかにもいるかもしれない。それも想像以上にたくさんいるかもしれない。僕はコーヒーカップを手に取り、中身を飲み干した。そして窓の外を見つめ、行き交う人々を眺めがなら、そうした種類の人たちと再び出くわす偶然に、期待したのだった。