闇を食べる動物

老人はかつて飼育していたというある動物について語った。その動物は特異な食性を示した。好んで暗闇を食べ、それ以外のものは口にしなかったのだという。そんな動物を飼育するのにこの街より適した場所はなかった、と老人は言った。

「昔はこの街には闇ならそれこそ食べても食べても食べきれないほど、いたるところにふんだんにあったからね」老人は、当時の街の様子を懐かしそうに語った。昼間でもいつも薄暗くて、景色は黒いカーテンに覆われているみたいにどことなく黒みがかっていたし、いやに影の色が濃く、あちこちにわけのわからない暗がりがあった。夜になれば文字通りの純粋な暗黒がすべてを包んだ。

現在の都市化された街には特に暗い印象はない。それでもときおり、ビルの谷間や人けのない街路の隅に、不自然なほど深い闇が沈殿している様を見かけることがある。老人は、そういう暗がりこそこの街に特有のものであり、動物はそうした闇をもっとも好んでいたのだと言った。
「今はもうここにはろくな暗闇が残っちゃいない。あいつがあらかた食べつくしてしまったんだよ」

動物はどんどん成長した。はじめは猫ほどの大きさだった体躯は、もっとも肥え太ったときには熊のようになった。しかし街の発展に伴って土地の闇は減少し、動物はしばしば飢えるようになった。そして街が現在のような小都市にまで発展する頃、動物は衰弱しきった状態で死んだ。最後には、老人の家の庭にある古木のうろの中で、そこにたまったわずかな闇を舐めながら息絶えたのだという。死の間際には、その体はまた子猫ほどの大きさに戻っていた。

老人は小さな桐の箱を持ち出してその中身を示した。それが動物の亡骸だということだったが、見たところそこにあるのはただの小さな黒い土塊のような物体でしかなかった。