奇妙な盗賊団

街はずれにある洞窟に盗賊団が潜んでいるという噂が町に広まった。子供たちが洞窟に出入りする怪しげな集団を見たと主張したことが噂の発端だった。目撃した子供たちの話では盗賊団は10人から15人ほどの集団で、いずれも真っ黒な衣服に全身を包み、影のようにゆらゆらと揺れながら音もなく俊敏に動いていたという。
大人たちはまともに取りあわなかった。目撃者の子供というのはみな小学生ばかりで、一番年長の子でもほんの10歳でしかなく、彼らが語る盗賊団の様相はあまりに幻想的で現実離れしていた。
しかし街からいろんなものが失われているのは事実だった。なくなるのは取るに足らないものばかり、たとえばハサミとか、植木鉢とか、脚立とか、じょうろとか、そういうものばかりだったので、人々ははじめのうちは対して気にしなかった。単に失くしてしまってそのことを忘れているだけだろうと思っていた。しかしそのうちに、洗濯機とか、フォークリフトとか大きな物まで消失するようになり、さらにその被害の範囲が拡大されて街全体に及ぶに至って、盗賊団の存在を信じる人も少しずつ現れはじめた。

子供たちのほかには盗賊団の姿を見かけたものはいない。ほんとうは盗賊団など存在せず全ては子供たちの狂言で、いろんなものを盗み出しているのも子供たちであるに違いないという声も当然上がり、子供たちはそのことで厳しく追及された。しかしどれほど厳しい追及を受けても、彼らは最初の証言を翻さなかった。そして彼らが真剣にそれを主張していることは明らかだった。彼らは嘘をついているわけではない。だいいち洗濯機とかフォークリフトかいった大きなものを、子供だけで人目につくことなく盗み出せるはずはないのだ。それに子供たちが犯人なのだとしたら、盗んだ物を一体どこに隠しているのか? 怪しげな場所は徹底的に調べられたが、盗品はどこにもみつからなかった。それでも子供たちは大人から外出を厳しく制限されていたが、しかしその期間にもいろんな物品が街からなくなったので、結果的に子供たちのアリバイは証明された。

しかし他に不審な集団についての情報が寄せられるでもなく、それでも物は消え続け、住人はだんだん不安を募らせはじめた。こうして物が失われ続けたら、いずれこの街はがらんどうの空っぽになってしまうのではないか? いや、このまま放置していれば必ずそうなる。そこで子供たちが目撃したという例の街はずれの洞窟を捜索することになった。それは山の斜面の崖にぽっかりと開いた防空壕みたいな暗い穴で、内部はトンネルのようになっていて集団が身を隠すのには都合の良い場所に思われた。大勢の人員が駆り出されて捜索が行われた。洞窟の内部はもぬけのからで、人の姿も、人が隠れていた形跡すらなかった。盗まれた品々も、その他どんなものも見つからなかった。洞窟はほとんど真っ直ぐな一本道なので隠れる場所もなく、見落としがあるとは思われなかった。

洞窟の最深部は身をかがめなくては入れないほど狭く、そして懐中電灯の明かりが弱まったのではないかと錯覚するほど、他のどこよりも濃く深い闇が満ちていた。さらにある異様な臭気がたちこめていて、そのために何人かが体調の異変を訴えた。そしてその場所にもやはり何もなかった。
厳密にはまだ奥へ続く道があったのだが、それは道というよりごく小さな穴のようなものでとても人が入ることはできず、それ以上の探索は不可能だった。

洞窟を脱した後、捜索隊は付近に身を隠して一晩中洞窟を見張っていたが、夜の間に洞窟を出入りするものはなく、そしてその夜にも、街からはちゃんと物が消滅していた。


それ以後も物はなくなり続け、いくつかの商店は在庫不足のために閉店に追いやられた。人々の不安は日に日に増大し、街を出てゆく人も現れた。そしてある日のこと、二人の子供の行方が知れなくなった。そのうちの一人は最初に盗賊を目撃した集団のうちの一人だった。再び例の街のはずれの洞窟が調査されたが、二人の子供の姿は見つからなかった。

それから数か月のうちに、同様の失踪事件が相次いで発生した。消えたのは子供ばかりでなかった。大人も老人も失踪者に含まれていた。その度に洞窟が調査されたがやはり無益に終わり、人々は見えない盗賊団がついに人さらいにまで手を染めだしたのだとして恐れおののいた。どんなに警戒を強めて警備を厳重にしても、次々と人は姿を消してしまう。そして二度と戻ってこない。

そんな日々が続くうち、街の人々は徐々にあきらめのムードに支配されるようになっていた。誰もが疲弊して自暴自棄になり、ただ無気力に日々をやり過ごすばかりになった。そんな状況下でも、やはり人間は何人かずつ消えていった。街の人口は一年前の半分になっていた。人々は、そこに何もないとわかっていても、例の洞窟には決して寄り付かなかった。

さらに一年が過ぎる頃には、街は無人になっていた。かつて街だった場所は廃墟のような空き家が立ち並ぶばかりの空白の土地と化していた。鳥や動物たちは、なぜかその土地には近づこうとはしなかった。
そしてあの洞窟の最深部では、今もぬめぬめした黒い闇が渦巻いている。その闇の中にときどき、柔らかく動く人影が浮かびあがり、滑るように空間を上下左右に漂っては、すぐにまた暗闇に呑まれて消える。そんな動きが闇の奥で人知れず繰り返されているのだった。