地下水族館の悲劇

都会のはずれ、うらぶれた建物が多く立ち並ぶ地域の片隅に地下水族館はあった。がらんとした一室に小さな水槽がいくつか並べられているだけの小規模な水族館だった。展示されているのはもちろん普通の生き物ではなく、グロテスクで不気味で奇妙な、ほとんど怪物のようななりをしたおぞましい生き物ばかり、誰でも名前を知っているお魚には、まずお目にかかれない。そんな非合法すれすれの地下アングラ水族館で働く職員もまた、やはりやくざ者の変人ばかり。しかし彼らは特に悪意に満ちた連中というわけでもない。ただ正常な社会では上手くやって行けずそこからこぼれ落ちただけの、比較的無害な連中である。彼らは彼らなりの純粋な善意から、人々に楽しんでもらうために、そしてもちろん彼ら自身の喜びのために、水族館を設立したのだった。

そんな地下水族館にある日、新しい生き物が加わった。道端の段ボールの中に捨てられていたその生き物を、水族館の職員のうちの一人が見つけて、拾って連れてきたのだった。最初、誰もそれが生き物だとは思わなかった。巨大な糸巻きみたいな形をしていて、目も口もなく、エラもヒレもウロコもない。全体はお餅みたいに白くのっぺりしている。ある職員が、手にしていたボールペンでためしにその物体をちょっとつついてみたとき、意外なことが起こった。ボールペンはその白いぶよぶよした表面に吸い込まれるように消えてしまったのだった。職員たちは驚き、さらにほかにもいろんなものを物体に当ててみたところ、いずれもみな影も形も残さずその内部に取り込まれてしまった。
こいつが食べちまったんだ、と誰かが言って、なぜかみんなすんなりとそれを信じた。それは生きていていろんなものを食べる、飲み込んでしまうのだ、イソギンチャクみたいに。彼らはそう信じた。そして水族館に展示されることになった。

水族館を訪れた人々は、職員が用意したいろんなガラクタを、糸巻き型の生き物へ向けて次々投げ込む。生き物はたちまち飲み込んでしまう。その旺盛な食欲を目にすることには妙な爽快感があり、生き物はすぐに人気者になった。

どれだけ飲み込んでも生き物の見た目に変化はなかった。まるで生きる底なし沼だった。最も大きなものでは、三輪車を飲み込んだこともあった。
生き物が水族館に加わってからというもの、職員たちは廃棄物の処理について頭を悩ませる必要がなくなった。なにしろそいつが全部食ってしまう。

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ある日のこと、地下水族館の女性職員が、糸巻き型の生き物が収められた檻の中に指輪を誤って落としてしまった。そして生き物は何の躊躇もなくその指輪を飲み込んでしまった。女性職員はそれを見て半狂乱のようになった。その指輪は彼女の大切な婚約指輪だったのだ。彼女は元プロレスラーで、髪を金色に染めた大柄な女性だったが、ようやくつかんだその幸せを、つまり結婚を、無垢な少女のように喜び、心待ちにしていた。指輪が失われたと知ったら、婚約者は悲しみ失望して、婚約破棄なんてことになるかもしれない。許せない!女性職員は怒り狂い泣きわめき暴れた。同僚の職員たちは数人がかりで暴れる彼女を押さえなくてはならなかった。

思いつめた女性職員がその後、どんな行動をとったか?彼女は夜中にひとりで誰もいない水族館に忍び込み、糸巻き型の生き物に、檻の上からガソリンをぶちまけた。それから丸めた布に火をつけて檻に投げこんだ。さしもの生き物も炎を飲み込むことはできない。生き物は火に包まれてそのままぴくりとも動かず燃えつきてしまった。さらに火は燃え移り、狭い館内はあっという間に火の海と化した。檻や水槽の中の生き物は全滅し、地下水族館は跡形もなく灰になった。女性職員はさっさと逃げ出して、やけど一つ負わなかった。女はその足で近所の交番に行って自首した。

水族館が焼失したことを知った職員たちは、とくにそのことを残念がるでもなく、またそれぞれどこかへ行方をくらませた。

女は起訴され放火罪により懲役2年の実刑判決を受けた。刑期を終えた後、ぶじに元の婚約者と結婚したという話である。