午後の水晶

晴れた午後に、部屋の片隅でひとりで水槽を眺めるのは楽しい。海の底に一人でいるような気分になる。
かつてこの水槽の中では魚たちが泳いでいた。宝石みたいに綺麗な小さな熱帯魚。どことなく窮屈そうだった彼ら。いつの間にかいなくなってしまった。
そう、魚たちはある日突然消えた。ある日の朝起きると、水槽は空になっていた。魚たちはいなくなり、水も砂利も水草もすべて取り払われていた。こじんまりした楽園はただのガラスの箱に戻っていた。その様を見て、悲しいよりもなんだかひどくおかしかった気がする。実際に笑ったような記憶がある。

水槽には今では新しく水が張られている。でも魚はいない。ビー玉とかおはじき、そのへんで拾ってきた石が転がっているだけ。それからひとかたまりの水晶。それはお父さんがどこかの国からお土産として持ち帰ってきたものだった。どこかの岩からむりやりもぎ取ったみたいな荒っぽい形をしている。水晶は午後の日差しを受けて静かに光っている。それを見つめながら僕は思う。魚たちはどこへ行ったのだろう。
今までなぜかそのことについて考えなかった。すごく不思議なことのはずなのに、両親にたずねもしなかった。あの魚たちはどうなったのか。

窓の外から子供たちの声が聞こえてきて、僕は壁の時計を見た。午後のなかで最も神秘的な時間は終わろうとしていた。あと1時間もすればお母さんが帰ってくる。
お母さんにきいてみよう。魚をどこへやったの? その質問が、うまく声になればいいと思う。光は少しずつ翳っていく。また時計を見上げる。長い針が音もなく位置をずらした。