這いまわる蛇

床中を無数の蛇が這いまわっている幻覚を見るようになって、ベッドから起き上がれず、外に出られなくなり、大学に通うこともできなくなったのは春のことだった。あれ以来何度の春が過ぎただろう。あのときは真剣に死ぬことを考えていたのに、なんだかんだで生き延びて現在に至る。14度目だ、とようやく数え終えて僕は思う。14度の春があのあとから過ぎ去っている。14年、これはすさまじい時間だ。つい昨日のことのような気がするのに…。僕は14年の間に自分が成し遂げたものごとについて思った。僕はいくつかのつたない、荒唐無稽な幻想絵画を描いた。あらためて数えてみると僕は思いのほか多くの「作品」(そう呼んでよければ)を残していた。

あのとき死んでいたら、これらの絵はこの世に存在しなかったのだ。その存在を知るものは僕のほかに誰もいない。自分以外人間の目に触れたことはない。それらは僕にとってのみ意味のある作品だった。
でも今朝、目覚めて窓を開け、そこにはっきりとした春の空気を感じたとき、僕はすべての絵を捨てる決心をしていた。

べつになくなってもかまわないのだ、と思った。そしてそう思うことが別に嫌な気分でもなかった。僕は自分がすでに十分に救われていることを知った。なぜならもう長らく僕は床に蛇の姿を見出していない。そのことだけで十分なのだと思う。