変な硬貨

子供のころ、デパートの屋上で見知らぬ大人から硬貨をもらったことがあります。それは見たことのない硬貨でした。直径2センチ、十円玉と同じほどの厚みと大きさで大きさの割に妙な重みがある。色は眩い輝くような銀色をしており、ぱっと見はとても綺麗でした。だからこそ僕はそれをもらったときは喜んだはずなのです。それににもかかわらず、その硬貨が子供時代の僕のお気に入りの宝物とはなり得ませんでした。その理由は、硬貨の両面に刻まれた模様のせいです。そこには胸が悪くなるような図形が描かれていました。ただの幾何学的図形が反復する模様でしたが、とても複雑で、規則性がありそうでなくて、見つめているとだんだん目が回ってくるのです。そしてやがては気分が悪くなり、吐き気を催したことさえあります。
ゲームセンターのスロットマシンか何か使うメダルだろうと考えて、あちこちのゲームセンターとかスロットマシンがある場所に行き、その硬貨を受け入れるマシンがないか探しましたが、その硬貨はどのコインやメダルとも異なっていました。
いろんな人に硬貨を見せて尋ねたこともあります。でも誰もそれについて何も知りませんでした。どの国にもこんな硬貨はない、ということだけがわかった。
硬貨を僕にくれた見知らぬ男性はいったい誰だったのか。あの男はデパートの屋上でたまたま出くわした僕にその硬貨を手渡し、すぐにどこかに去っていきました。その記憶はひどくおぼろげで、人相についても、ひどく背が高かったということのほかには何も覚えていないのです。その男の影が、デパートの屋上の灰色のコンクリートの地面の上に長く伸びていた、夏の終わりの夕方の光景の漠然としたイメージだけが、今もかすかに残っています。僕はかなり幼かったはずですが、なぜあのときデパートの屋上に一人きりでいたのでしょう。そしてなぜあの男はそこに現れて、この硬貨を僕に託さなくてはならなかったのか、何もわかりません。僕は何度となくその記憶そのものを疑いました。絵本とか漫画の一場面をもとにして脳が勝手に作り出した偽りの記憶ではないかと考えました。でも引き出しの中を覗くと、いつもそこに硬貨はあります。そしてすべてが現実であったことを僕に告げるのです。
いまだに僕はこの円形の物体の両面に刻まれた奇妙なグロテスクな模様に馴れることができません。それは見つめるたびに異なる不愉快さを、胸のうちに呼び覚まします。