風のない街 夏

見つめている間、街路樹の葉は一度も揺れず、眺めるのにも飽きたのでハルは空を見上げた。チワワ犬みたいな形の雲が空に浮かんでいた。巨大で重みがあって固そうなその雲は空にへばりついたみたいに動かない。そういえば昔、チワワ犬を飼っていたことがあった。歩くとよちよちとあとをついてきた。でもある日いなくなってしまった。動物病院に連れて行った帰り、いきなり駆け出して駐車場の外に逃げてしまったのだ。泣き叫んで悲しんだ記憶がある。それ以来犬は飼っていないし、飼いたいとも思わなかった。それほど真剣に悲しんでいたのだ。今となっては不思議な気がした。自分がそんなに別離を悲しむことができたなんて。渋滞がまたゆっくりと流れだし、しばらく無言で車を走らせる。左手に川が流れていて、その河沿いに、柳の木が一定の間隔をおいて植えられている。あの犬はどこに行ったんだろう、かつてはよくそのことを考えた。犬が死んでしまったと思いたくなかったので、いずれまた帰ってくると信じようとしていたのだ。でも最近では、もうめったに思い出さない。

空は青く澄んでいて降り注ぐ日差しはあまりにも鋭い。そんななかを大勢の人々が歩いている。女性だけでなく男性にも日傘をさしている人がいた。彼らはどこか辛そうな顔をしている。柳の木の垂れ下がった枝も葉も固まったみたいに揺れない。犬の形の雲は形は同じ場所にとどまっていた。そのように街は暑さに閉じ込められている。