海へ行く約束をする

土曜日には妻が息子のケイを病院に連れて行っていた。息子は急に熱を出したので、コロナじゃないかと僕たちは心配してなおかつ怯えていたのだったが、風邪だということだったので安心した。ケイは寝相がとても悪く、すぐ掛け布団をどこかにやってしまうからそのせいで風邪をひいたのだと、長女のユイは分析していた。今日家族でキッチンで親戚から送られてきたカステラを食べていたとき、ユイがだしぬけに海のことを話しはじめ、そのあと話題は海水浴とか海とか泳ぐこととか、そうしたものに占められてしまい、何だかわからない間に、近いうちに家族で海水浴に行くことが決定事項みたいな前提で話が進んでいて、僕も妻もたぶん戸惑っていたが、二人とも別に海が嫌いなわけでもなかったので、特に異議を申し立てるでもなかった。そういうとき、何だか目に見えない力によって話が勝手にある方向へと導かれているみたいな気がする。その日の午後の団らんの席においてその見えない力を操っていたのは間違いなく娘のユイだった。彼女が海について語るのを聞くうちに、僕も妻もだんだん海で泳ぎたい気持ちが高まってきて、それでいつの間にか、海水浴へ出かける具体的な日取りまで決まっていたのだった。

ところで幼稚園生である息子のケイはまだ泳げない。彼は水が苦手なのだ。妻の話では、幼稚園でのプールの授業のとき水に入るのを拒んで大泣きして先生から逃げ回ったということだった。ケイが泳げないことについて、妻と娘は非常な問題だと感じているらしかったが、僕は幼いころ、自分も水泳の授業が嫌いだったことを思い出して、ついケイに同情してしまうのだった。それで僕が、海に行くときにはケイのために浮き輪を買ってあげようと言うと、娘が反対した。浮き輪なんかに頼っていたら泳げなくなる、このさき泳げないことはきっとケイにとって不利になる、浮き輪なんかで甘やかしてはならない、と彼女は主張する。

まだ少し熱があって眠っているケイは、この議論の一切に参加していない。一度寝室に様子を見に行くと、確かにユイが言っていた通り、掛け布団はベッドからずいぶん遠いところに落ちていた。