妻の考えと意見

ユイが小学生になったら、私も少し働こうかな、と妻が言った。
聞くところによると妻の友人が運送会社の事務のパートをやっているのだが人手が足りなくなって妻は誘われたらしい。
いいんじゃないかな、ケイの面倒は僕がみることだってできるからね。と僕は言った。
私、働いていないと、頭が鈍るみたいな気がするわ。と妻は言う。確かに普段から、妻は自分を忙しくするのが好きだった。彼女は空いた時間には手芸をやっていて、それでいろんなものを作っていた。彼女はそれを自分の仕事だとみなしていた。仕事というのは必ずしも報酬や収入を生む必要はないのだ、というのが妻の考えである。仕事とは人がただの何もないのっぺりした日常に流されるだけで終わってしまわないための「杭」のようなものなのだ。その杭にしがみついていなければ、生活はただひたすら押し流されて日々をやり過ごすだけの無意味なものになってしまう。体型や服装にも気を遣わなくなって、顔つきとか姿勢とかまで悪くなる。人はそうやって堕落してゆくのよ。
彼女は堕落という言葉を使った。それは妻の普段の言葉遣いにややそぐわない感じがしたので僕はちょっと意外に感じたが、彼女はなんでもなさそうにしていた。

そういう人、たくさん見てきたわ。私はそういう駄目な女の人になりたくないの。
妻がそのような演説をするのは珍しいことだった。僕は黙って聞いた。