夢の復讐殺人

夢をみた。私は学校の教室にいる。前の席には幼馴染のエミコが座っている。彼女はことあるごとに振り返って私に話しかけてくる。その言葉はいちいち辛辣で、残酷だった。夢の中で私はどうやらエミコにいじめられているらしい。彼女は私に一冊のノートを見せてきた。そこには細かい字でびっしりと文字が埋め尽くされていた。
そこにはクラスの全員による私についての印象や意見、また私について知っているエピソード等が書き記されていた。エミコがクラス全員にインタビューをして集めたのだという。私はそれを読んだ。服装がみっともない、使っている携帯が古い、暗い、話が面白くない、髪型が変、右腕にある大きなほくろが気持ち悪い、中学1年の時授業で先生にあてられてひどく的外れな答えをしてクラス中大笑いになった、体育の授業の時体操服を忘れて一人だけチアリーダーの格好で授業に出た、そんなことが書かれていた。
私が知りたくない、あるいは思い出したくないことばかりがそこに書かれていた。エミコはそういう内容のものだけ選んでまとめたのだ。いかにも彼女が思いつきそうなやり口だった。彼女は人を傷つける術を熟知している。
ノートの最後のページには、色鉛筆による大きな字で『マイナス10億2800万点』と書かれていた。エミコは笑みを浮かべてその数字を私の目の前に突き付けた。採点基準は不明だが、それが私に下された最終的な「評価点」であるらしい。マイナス10億2800万点。

目覚めたとき、私はそれが夢だとは思えなかった。過去に起きた不愉快な出来事を思い出していたのだと思った。でもどれだけ思い返してもそんな記憶はない。エミコとは確かに仲良くはなかった。何度も彼女から意地悪な言葉を向けられたこともある。でもいじめられたことはない。そんな変なノートを見せられた記憶もない。つまりそれは現実に起こったことではない。ただの夢だ。

でもあのやり口の執拗さと陰険さは、いかにもエミコらしかった。もし彼女が当時、私を本当に傷つけようとしていたら、夢に見た通りの行為をやっていただろう。私はなかなかベッドから起き上がれずにいた。身体が熱を持つほど怒りを覚えていて、そのせいで動けなかったのだった。私は確かにあの女を嫌っていた、憎んでいた、と思った。その感情を生々しく思い出した。学校を卒業してからは彼女のことは忘れようとしていたし、実際にほとんど忘れかけていたのに、あの夢がよみがえらせしまった。


インターネットでエミコの名前を検索すると彼女のFacebookのアカウントが見つかった。彼女はそこにいろんな個人情報を公開していた。現在のエミコは結婚して子供もいるらしい。さらに最近新築の家を建てたということだった。写真アルバムは全体に公開されていたので私にも閲覧することができた。新築の2階建ての家の前で赤ん坊を抱いたエミコが映っている写真があった。彼女は赤ん坊を見つめていかにも幸福そうな笑みを浮かべている。その頬に浮かぶえくぼには見覚えがある。昔の面影を残しつつちゃんと20年分年を取ったエミコの姿がそこにあった。
彼女の現住所は私の住んでいる市と同じだった。彼女も私と同じように、今も生まれ育った土地に住んでいる。

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公開されていた情報や写真から、エミコの家は野球場から近く、近所を川が流れていて、家の向かいは空き地になっている、ということがわかった。それらの手がかりから住所を割り出すのは、さほど難しくもなかった。小さな町なのだ。それに私は彼女の家の近所の景色に見覚えがある。何度も通りかかったことがある。

ある日の午後、私はその家の門の前に立った。エミコは専業主婦であることもFacebookでほのめかしていたので、平日には家にいるはずだ。不在なら出直せばいい。インターフォンを押すとスピーカーから声がした。間違いなく幼馴染の声だった。かつて私に向けて、「ユウちゃんを好きになる男の人なんて、おるんかねえ」と小馬鹿にするように笑いながら言ってのけた、あの声と同じだ。私は名乗った。そして、ちょっと近くを通りかかったものだから、久しぶりに会いたくなって、と言った。
事前の連絡などもちろんしていなかったので、エミコはやや面食らっていたが、それでも、私のことを覚えていると言い、懐かしいねえ、とまで言った。そしてドアが開き、エミコが姿を現した。彼女は私を見て笑顔を浮かべ、ああ本当にユウちゃんやん、久しぶりやねえ、と言った。私も挨拶を返し、急に押しかけたことを詫びた。
エミコが門を開けたとき、私は手にしていたナイフで彼女の脇腹を刺した。エミコは歪んだ笑みを浮かべたまま硬直した。そして膝から崩れるように倒れた。

私は逮捕されたが、取り調べの警察官は動機が理解できないらしかった。夢の中で彼女が行った行為に対する復讐です、と私は説明したが、彼らは理解しなかった。彼らは動機は嫉妬だと考えているらしかった。つまり、私のほうは独身なのにエミコは結婚して子供を産み新築の家まで建てている。同級生なのに境遇にそれほどの差が生じていることが不満で、嫉妬して殺意を抱いた。そんなストーリーである。
私は自らに問いかけた。私は嫉妬していたのだろうか?どれだけ考えてもそんな感情には覚えがなかった。殺意は夢の中で芽生えたものであり、他に理由はない。Facebookで彼女の近況を知ったとき、私はすでにその決意を固めていた。
復讐です、と私は繰り返すばかり。