古寺のお祭り (Festival At The Old Temple)

かつて僕が住んでいた町には古い寺があって、そこでは秋になるとお祭りが開かれていた。そのお祭りには人間ではないものも参加しているのだと、主に地元の子供たちの間では信じられていた。幽霊やお化け、精霊や妖精、土地に宿るそうした不思議な存在もひそかに祭りに加わっている。誰もいないはずの物陰から声が聞こえたり、木の葉の隙間に白くふわふわした綿みたいなものを見かけることが、とくにお祭りの時期にはよくあった。そして僕らはみなそうしたものを怖れていなかった。

ある秋の夕方、祭りが終わったあとのお寺で、なぜか僕は一人でいた。どうしてそのときほかに人がいなかったのかは不思議である。寺には大勢の人が集まっていたはずなのに、いつの間にかみなどこかへ去ってしまっていたのだ。僕は屋台で買ったお面と、綿菓子の袋を手にして、寺の裏側にある狭い原っぱに行った。その場所は木々が頭上を覆っていていつも薄暗く、どこか周囲から隔絶されたような雰囲気があって、僕のお気に入りの場所だった。その原っぱの片隅には細長い柱のような石材が積み上げられていたのだが、その上にひとりの少女が座っていた。僕と変わらない年齢の少女だったが、明らかに僕と同じ学校に通う子供でなかった。小さな町では、子供たちはみな顔見知りのようなものだったので、見慣れない子供がいればすぐにわかるのだった。細い腕やスカートから伸びた両足は白く、顔色はどこか青ざめている。前述のとおり、僕はお寺の近くで見慣れないものを見かけることに慣れていたので、さほど驚くこともなかった。ごく自然に僕は少女を祭りに呼び寄せられた精霊だと思った。近づいて声をかけると少女は顔をあげた。澄んだその目に見つめられると、なぜか寂しさに似た感情に襲われ、僕は一瞬戸惑った。一緒に綿菓子を食べよう、と言うと、少女は少し迷うようなそぶりを見せたが、笑みを浮かべて頷いた。僕は綿菓子を袋から出して彼女に手渡した。

僕らは石材の上に並んで腰かけて話をした。ずいぶん長く話したはずだ。彼女は何度か僕の言葉に笑ったのを覚えている。少女の声は小さくかすれて乾いていた。彼女は僕が手にしていたお面に興味を示した。少女はウルトラマン仮面ライダーも、ちびまる子ちゃんさえ知らなかった。他にも、誰でも当然知っているようなことを彼女は知らなかったりして、そういうところが僕には素敵に思えた。
僕は少女と友達になることを望んだ。当時の僕は、お化けだろうと精霊だろうと望みさえすれば友達になれる、と信じていた。言語や人種の壁だけでなく、種族の隔たりや、実在・非実在の壁でさえ、乗り越えられるものと信じていた。僕がその考えを少女に伝えると、少女は悲しげに首を振った。そのとき彼女が言ったのは、僕はまだ若すぎ幼すぎていろんなことを知らないし、そして僕の知らない多くの物事がこの世界を縛り付けている、その呪縛から逃れるのは容易ではない、といった意味のことだった。しかし僕にそんな言葉は理解できるはずもなかった。
夜が近づいていた。そろそろ帰らないと、と言って僕は立ち上がったが、少女は石柱に腰かけたまま動こうとしなかった。
来年のお祭りにも来る?と僕は尋ねてみた。
少女は僕の目を見て、わずかに微笑んだ。僕は別れを告げてその場を去った。一度振り返ったとき、少女はまだ石材の上に座っていた。その後何度も原っぱを訪れたけれども、少女の姿はなかった。

その後しばらく、僕は胸に穴が開いたみたいな気分で過ごした。それまで好意を抱いていた同級生の女の子に対しても、以前ほど興味が持てなくなっていた。僕の心は現実よりも非現実のほうに深く傾いていた。そしてただ次のお祭りを待ちわびていた。
そして秋になり、お祭りが催された。しかしその祭りのあと、僕は前のようにうまく一人きりになることができなかった。つまり原っぱには人がいたのだ。子供たちが祭りで買ったおもちゃで遊んでいて、例の石材のところには彼らが陣取っていた。そしてあの少女はどこにもいない。仕方なく僕は家に帰った。次の年もその次の年も、少女は現れなかった。もしあのとき僕が一人でいたら、少女はやって来てくれたのではないか。その思いは、長い間僕を苦しめた。そして僕は歳を重ね、いつしか祭りに参加することもなくなっていた。

今でも時々僕はあの少女のことを思い出してしまう。彼女の姿が目の前に浮かび上がり、そしてあの幼い心の震えのようなものがよみがえる。誰か生身の女と一緒にいるときにそのフラッシュ・バックに襲われると、その女がひどく醜く、うっとうしく感じられてしまう。それはあの精霊少女が僕に残した呪いかもしれない。