生き物の死

ある日の夕方、ハルは一人で神社にいた。学校で嫌なことがあって、嫌な気分を引きずっていて、そういうときにはよく一人で神社に行くのだ。その場所はたいてい人けがない。その日もそうだった。ひっそりとした境内を歩き回っていると、ある木の下に何かが落ちているのを見つけた。近づいてみるとそれは大きな鳥だった。灰褐色の羽根で覆われた大きな鳥で、後で調べたところ、それはノスリという猛禽だった。鳥は負傷して飛ぶことができずに地面に横たわっている。翼の一部が血で赤く汚れていた。胴体の上に何か銀色の丸い物体が覗いていて、よく見るとそれは釘の頭の部分だとわかった。釘が鳥の胴体を貫通して地面に固定しているのだった。でもノスリはまだ生きていた。黒い眼球が細かく動いていた。

ハルは傷つけられたノスリに同情を覚えた。そしてその残酷な所業に憤った。鳥の胴体に刺さった釘を引き抜こうとして、ハルが手を伸ばしたとき、鳥はいきなり激しく動きだして首を大きく曲げ、ハルの手の甲を嘴で突いた。
ハルは驚いて手をひっこめ、少し後ずさった。鳥はすぐ静かになり、また動かなくなった。ハルは嘴で突かれた部分を見た。右手の親指と人差し指の間に、小さな傷ができていて、そこから血が流れていた。ハルはその傷口を押さえながら、再び鳥に歩み寄り、無言で見下ろす。鳥はもう動こうとはしない。ハルはもうその鳥に手をさしのべなかった。ほんの数秒前まで、彼は鳥を助けたいと思っていたはずだった。家に連れて帰って、両親に頼んで動物病院に連れて行ってもらえば、命は助かるかもしれない、と考えていた。でも今、別の思いがハルの頭を占めていた。

日は暮れていて、辺りには人の気配もない。その思いは、妙に硬い感触を持って、ハルの全身を駆け巡った。それはある可能性だった。自分はこの鳥を助けることもできるし、殺すこともできる。自分の意思次第で生き物の命をどうすることもできる。何であれ命というものがそんなにちっぽけで粗末なものに感じられたのは、生まれて初めての体験だった。大げさに言ってそれは世界が裏返るような感覚だった。ハルの肩はかすかにふるえていた。

気がついたとき、ハルは鳥の頭を踏みつけていた。硬いものが重なって砕けるような感触が、スニーカーの底から足に伝わった。彼は何度も、念入りにくまなく踏んだ。鳥の頭はすりつぶされて平たくなり、地面の黒い土とほとんど同化した。それはすでに完全に絶命していた。もう瞬きもしない。ハルの身体を嘴で突くこともない。どの部分も二度と動くことはない。時間が止まったみたいだとハルは思った。実際に、鳥にとって時間は永遠に止まってしまった。
神社は凍りついたみたいに静かだった。ハルはその静けさのなかに一人きりでいた。