新しい椅子

ソローの『森の生活』を読み返した。読み終えてまず思ったのは、新しく椅子が必要だ、ということだった。椅子を作ろう、と思った。思うだけでなく声に出してつぶやいた。「椅子を作ろう」(僕は非常にしばしば独り言を口にする)でもなぜ『森の生活』を読んで椅子作りを思い立つのか?本の中でソローが椅子を作ったとかそんな記述はない。椅子についての言及さえ別にない。何度か椅子という単語自体は出てくる。でもどう考えても作中で重要な意味を持ってはいない。それなのに僕は読み終えて最初に椅子を作ろうと思った。それはなぜなのか?そういえば最近、あるインテリア雑誌で、椅子のDIYについての記事を読んでいた。さらに近所の工務店の前を通りかかったとき、「ご自由にお使いください」と書かれた張り紙の下に、いくつかの不要な材木が置かれているのを見かけて、あれを使えばあの雑誌の椅子を作れるな、という考えが頭をよぎったことも思い出した。つまりそういう背景はあったのだ。僕の中で準備されていた。そして『森の生活』が最終的に背中を押したらしい。

次の日、僕は例の工務店へ出かけたのだが、先日見かけた材木はなくなっていた。いつもなら僕はその時点であきらめていたはずだった。しかしどういうわけか、僕の椅子づくりに対する決意は固かった。何が何でも引き下がるわけにはいかない、という気分だった。僕は一度帰宅してから車で近くのホームセンターまで行き、そこで必要な材木を購入した。

帰宅したあと、例のインテリア雑誌の椅子づくりの記事を見ながら、レシピ通りに椅子を制作した。木を切って接着剤で組み合わせるだけの簡単なもので、特に苦労することもなくすぐに完成した。背もたれもない箱型の簡素な椅子だが、窓辺に置くとそれなりにおしゃれに見える。
僕は満足した。ある読書体験から生まれた、形と重みのある成果物に。