理想の窓(結婚式場にて)

結婚式に出席した僕は退屈していた。しかし社会にはこういう退屈なイベントが満ちている。それから逃れたければどこかの山奥の穴倉で一人で暮らすしかない。しかし穴倉で暮らすのも悪くない気がする。子供のころ、しばしば僕はそんな夢想をした。森の奥に家を建てて一人で暮らすとか、海辺の洞窟に閉じこもって生きるとか、そういった想像である。でも大人になるにつれ、そうした暮らしはむしろ普通の生活よりもハードかもしれない、と思うようになり、それでも漠然とした憧れだけはいまだ残したまま、すべてを捨てて山にこもる勇気を得ることはできず、気がつけば一個の平凡な社会的存在に成り下がってしまった。そのことは悲しくもあり、残念でもある。そんなことを考えながら振舞われた料理を食べていると、隣の席の男が話しかけてきた。
「かつて私は理想の窓を探していた」見知らぬ男の切り出しはそんな風だった。
窓ですか、と僕は牛フィレステーキをほおばりながら、おうむ返しする。
「窓だよ」と男は言う。そして重々しく頷く。男は柔道家みたいながっしりとした体格をしていた。声の感じから、僕よりだいぶ年上に思えたが、妙に動作がきびきびしていて、顔だちも整っているので若く見える。
「誰にだって理想の窓というものがある。そうだろう」
僕は男が誰なのか知らない。たまたま隣り合わせただけなのだった。僕はコンソメスープを一口すすり、わかります、という顔をしてうなずいた。実際には何を言っているのか全然わかっていなかった。
「理想の窓を探して、いろんな家に住んだよ。一時期、そのことだけが人生の目的だった。時間と金をふんだんに使って、いろんな土地のいろんな家に住んだんだよ。ただひたすら理想の窓を見つけるためにね。どんな家にも窓はあるんだ。たとえ地下でもね。これは驚くべきことだよ。一度地下の部屋に住んだことがあるんだ。その部屋の窓は天井の近くに一つあるだけだった。そこから見えるものと言ったら歩道を歩く人々の足だけ。でもそれはそれで面白かった。そうかと思えば、壁という壁が窓に覆われた家もあったよ。窓だらけの家だよ。そんな風に、私は多くの窓を体験してきたんだよ。高速道路沿いの窓、隣のビルの壁に覆われた窓、濁った川を見下ろす窓、静かな森林を映し続ける窓、海沿いの窓。いろんな窓に出会った。数々のお気に入りの窓……
男はそれら一つ一つの窓を思い起こすように、どこか遠くを見るような顔つきをした。
窓なんて何が、そんなに面白いんですか、と僕は言った。
「ああ、何て言葉だ、ひどいよ。でも君のような人間が大多数を占めているのだろう。人々は窓というものにさほど関心を向けていない。家に当然備わる機能の一つだという認識しかない。そうじゃないか?ねえ君、窓というのはそんなに単純なものじゃない。それは神聖で、特別で、哲学的な意味さえはらむものなのだよ。どうして君はその事実に目を向けないんだ。どうしてそのことを知らずにのうのうと生きていられるのだ。私はそれが悲しい。換気とか採光とかそうした目的のためだけにあるものじゃないんだよ。君は長い時間、たとえば半日ほど、窓辺で何もせずに佇んだことがあるか?ないんだったら、二度とそんな偉そうな口はきかないでくれ!
僕は謝った。
「窓というのは特別なものなんだよ。冷ややかなガラスは透明な膜として私を守りつつ、同時にやんわりと私を世界から締めだしている。だから窓辺にいるとき、私はたとえば風の冷たさを感じることはできない。しかし見るという行為によって外の世界と関与することはできる。そうやってごく奥ゆかしい形で、私は外の世界と相互に干渉しているんだ。そういうことはドアにはできない。ドアは開くか閉じるかしかないからね。閉じてしまえば外とはきっぱり遮断される。開けてしまったら、もう靴を履いてどこかへ出かけていくしかない。オンとオフしかない、単純な、面白みのないやつだよ、ドアってやつは。そこへいくと窓は何と素晴らしいのだろう。
男はデザートのプリンを一口食べ、さらに語る。
「窓辺で過ごす時間は特別だよ。そのとき、時間は普通には流れない。というより時間に対して、私はひどく敏感になれる。一秒ごと、一瞬ごとの変化が、じかに身体に感じられるのだよ。時間が巨大なこんにゃくみたいに背中を押す、その感触がはっきりと感じられるんだよ。いいから窓辺に半日佇んでごらん。きっと君にもわかる。我々を未来へと運ぼうとする、あの時間の流れの重みが、必ず感じられるはずだよ。」

いつしか結婚式は終わりに近づいていた。