焚火のそばで

森の中にある広場で、いつものように彼は火を起こした。焚火台の上に火種を置き、枯れ木を重ね、ライターで火を灯す。細い一筋の煙が立ち上り、火はだんだん大きくなって、一人用の焚火が出来上がる。以前に森を散歩していたとき、彼はその場所を偶然見つけた。おそらくかつては公園か何かだったのだろう。地面にはおそらく遊具が設置されていたと思しき跡が残っていた。その場所は焚火をするには理想的な場所だった。木々は近くにないので燃え移って火事になる心配も少なく、静かでひとけがない。彼はしばしばその場所で長い時間を過ごすようになった。

ある日、彼は焚火のそばで食事をした。アルミの飯盒に米と水を入れて火にかける。焦げ目のついたご飯が炊きあがり、彼はおかずもなしにそれを食べた。すでに夜になっていて、空には星が瞬いていた。星空の下でそれを食べたとき、彼はどうしようもない孤独を感じたが、それほど嫌な気分でもなかった。食べ終えてしばらくすると、森のほうからガサガサと音がして、ある見慣れない生き物が木々の隙間からぬっと姿を現した。それは犬よりは大きく鹿よりは小さい、ずんぐりした黒っぽい生き物で、彼にはそれは子熊のように見えた。しかし彼の常識は、その可能性を否定している。こんな山口県の西端の山の中に、熊などいるはずがないのだ。しかしそれならその動物のようなものが、いったい何者なのか、彼には見当もつかない。結局彼は判断を保留した。

熊にそっくりの謎の動物は、のそのそと四本の足で地面を這うようにして近づいてきた。彼は逃げようかどうか迷いつつ、結局その場にしゃがんだままだった。そして動物は正確には彼に近づいていたのではなかった。それは火のほうへ引き寄せられるように近づいていた。どうやら火に興味を覚えているらしい。明らかに炎を怖がってはいなかった。

動物は火のそばにしゃがんだ。彼との間隔は1メートルも離れていなかった。黒い毛の中に目と思しき二つの丸いものが認められ、その黒々した眼球は炎に照らされて光っていた。彼は不思議と恐怖を覚えなかった。麻痺したみたいにどんな感情もなかった。焚火の燃える音は心地よく、眠りへといざなうようで、彼の意識はだいぶあいまいになっていた。動物のほうも、まるで眠ったみたいにじっとしていた。

火を囲みながら、人間と動物は長い時間を過ごした。彼の意識はずっと霧のようにぼんやりしたままだった。