轟音換気扇

彼の家の換気扇はおんぼろで古く、ひどくやかましい音を立てた。そして彼はその音が気に入っていた。ほとんど愛していた。その音が響いている限り、人の声も車の音も隣の犬の吠え声も聞こえなくなる。あらゆる雑音から離れていられる。そして彼の心は不思議なほど落ち着くのだ。だから家にいるときには、彼はもっぱら換気扇があるキッチンで過ごした。そこで仕事をすることもあったし、床に布団を敷いて眠ることさえあった。彼は無音の次に換気扇の音を愛していた。

ある時、彼は自分の部屋に換気扇を取り付けることを思い立った。そしてあちこちの電気店をめぐり、様々なタイプの換気扇を購入して、それらすべてを彼は自室に設置した。その数およそ40台、ありとあらゆる形と大きさとメーカーの換気扇が、八畳の部屋に集まっていた。最も古いのは古道具屋で購入した昭和37年製のものだった。彼の部屋はさながら換気扇博物館とでも呼ぶべき有様になった。
コンセントの数が足りなかったので電気店にコンセントの増設工事を依頼し、さらに家の電圧を100Vから200Vに変更してもらった。これで大規模なオフィスや工場並みに電力を使用してもブレーカーが落ちることはない。

今、スイッチ一つですべての換気扇のON/OFFが可能となった。そのスイッチを入れると、ファンが回転する音が文字通り部屋に満ちあふれた。その音に囲まれたとき、彼は期待した通りの安らぎを覚えた。もうキッチンにまで行く必要はないと彼は思った。

彼は毎日ほとんど一日中、部屋にあるすべての換気扇を回し続けた。騒音に囲まれて、彼は勉強をしたり執筆をしたりすることもあったが、たいていは何もせず椅子かソファに腰かけてただぼうっとしていた。複数の換気扇が発するノイズが重なり合うとき、そこに音楽と呼びうるものが生ずることを、やがて彼は知った。単調で平坦で、しかし限りのない奥行きを持つ音の重なり。それは世界でこの部屋にしかない音楽だった。その音に耳を傾けるとき、彼の頭には何もなかった。感情も思考もない。意識はどこかよその空間を漂っている。異なる次元を旅している。そうやって彼は限りなく無へ近接した。それは瞑想と呼ばれる状態におそらく似ていた。