夜のドライヴ・インにて (Drive-in At Night)

今日はレジ受け業務。雨の夜、意外なほどドライヴ・インはにぎわっていたが、たぶん誰も映画なんか見ちゃいないんだろう。車の中に閉じこもって客どもは飲んだり食べたり、とにかく好き放題やってるってわけだ。何しろ退屈な映画なのだ。車がバシャバシャと水を跳ねさせながら向かって来る。映画が始まってもうずいぶん過ぎているのに、まだこんな時間にやってくる客がいる。どうしてワイパーを一番早いモードにしないんだろう、と僕はその紺色のジャガーを眺めながら思う。しかしそんなのはもちろん運転者の勝手で、僕には関係のないことだった。車は受付の前に停まり、パワー・ウィンドウがわずかにだけ開いて、そこから男の手が差し出されてチケットを示した。窓の隙間から助手席に座っている女の姿がちらと見えた。黒いスカートから細く白い脚が伸びている。僕がチケットを確認すると車は場内に入っていった。今週僕は日曜日から毎日働いている。我ながらよくやると思う。しかし他にすることもないのだ。そして他にすることが何もないときには、労働もそれほど悪くはない。しばらくして、どこかで何かが地面に落ちる音がした。客の一人が車からごみを投げ捨てたのだ。ファスト・フード店の紙袋が地面に転がっている。客がそうしたマナー違反的な行為を行ったときには本来なら僕はスタッフとして注意しなくてはならない。しかしこんな激しい雨が降るなかをわざわざその程度のことで注意しに行くのがひどくおっくうだった。だから僕はそのまま小部屋の中にいた。少し疲れている。今日は昼間ゲームに夢中になってしまって、2時間ほどしか眠っていない。小部屋の椅子に腰かけたまま、規則的に降る雨音に眠りを誘われてうとうとしていた。居眠りを破ったのはさっきと同じ音だった。濡れた地面に何かが落ちる音。今度はさっきよりずっと重いものが投げ捨てられたらしい。マナーの悪い奴というのはどこにでもいる。誰が掃除すると思っているんだろう?しかし僕も、人のことは言えたものではない。かつて僕は車を運転中に窓から煙草の吸殻を投げ捨てたことがあった。そうだ、そのときそのことで一緒にいた女と口論になった。女はいつになく強い口調で僕に注意した。彼女の言い分は完全に正しかったので、僕は反論した。それで喧嘩になった。さほど激しい喧嘩でもなかった。別れてもうずいぶんになる。今はどこで何をしているのだろう。黒いビニール袋がさっきのあの紺のジャガーのすぐそばに転がっていた。さっきの音はあれが落ちる音だったらしい。僕は注意しに行こうと思った。いい眠気覚ましになるだろう。あのとき車からごみを投げ捨てたせいで、俺はあの女と別れることになったのではないか?――だしぬけにそんな考えが襲った。そんなことを考えたのは初めてだった。そして言うまでもなく、馬鹿げた考えだった。そういうこじつけみたいな考え方は良くない。あんな喧嘩はどんなカップルにもいつだって起こりうる。ごみを捨てるな、などと他人に注意する資格が僕にあるのだろうか? もちろんある。今の僕はドライヴ・インで働くスタッフであり、この場所の秩序を正しく保つ義務を負っている。でも資格について考えるのもやめよう。退屈な映画はまだ続いていた。黒いビニールの表面を水滴が滴り落ちている。そのさまはスクリーンの光に照らされて不思議なほどくっきりと目に映った。紺のジャガーのリア・ガラスの奥で何かが動いた。それは足の裏を上に向けた女の脚だった。暗闇に浮かび上がる白い二本の脚は、海藻みたいに揺れ動いていた。

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