ある機械

その機械はクラゲにそっくりな形をしている。吸盤がついていて、壁にくっつけることができる。さっそく壁に取り付けてみたところ、部屋から音が消えた。自分で声を発しても声は聞こえず、外から聞こえていた雑音も途絶えた。彼が開発したクラゲ型吸音装置は想像を超えて完璧に機能した。ところでその機械は形のみならず色合いも材質もクラゲに似ている。ぶよぶよしたその内部に、音は蓄えられているのだ。それは録音ではない。音はありのままの形で機械に保存される。だからもしクラゲ型機械が壊れると、消えた音が同じ形でそこによみがえることになる。つまり音は消えるのではなく、発生を先送りしているのだと言える。

機械はいつか必ず壊れる。それがいつのことになるのかは、開発者である彼自身にもわからない。いつか彼は機械が吸い込んだ音をまとめて聞かされることになるのかもしれない。そのことは懸念だったが、しかし彼は長く生きるつもりはなかった。機械が壊れるとき、’おそらく自分はこの世にいないはずだと彼は考えていた。そうであってほしいと願ってもいた。自分が死んだあとの世界で、自分が耳にするはずだった音が鳴り響くときのことを思うと、彼はなぜだか安らいだ気分になる。