演劇サークルの幽霊部員

大学のころに所属していた演劇サークルには幽霊部員がいた。幽霊部員とは言っても、在籍だけして顔を出さないメンバーという意味ではない。その人は本当に幽霊だった。初めて見たときからその人物が幽霊であることはすぐわかった。誰が見ても一目で幽霊だとわかってしまうのだ。身体が透き通っていたとか、足がないとかそういうわけでもないのに、全体のたたずまいや雰囲気が、生きている人間ではありえないのだ。性別はおそらく男性だった。年齢はよくわからない。一応名前はあった。稽古にも欠かさず参加するし、もちろん本番の公演にも出演する。

部員たちは誰も幽霊と個人的に親しくなることはなかった。というよりそんなことは不可能だった。それでも我々は、同じサークルに所属するメンバーとして、幽霊に連帯感を覚えていた。幽霊はいわゆる腫れもの扱いをされていたわけではない。怖くて仕方なくその存在を受け入れていたというわけではない。それどころか部員たちは幽霊を慕っていた。幽霊に対するみんなからの信頼は厚かった。というのも幽霊はまったく優れた役者だったからだ。幽霊は幽霊なだけあって演技上の制約や地上の法則から自由だった。男役でも女役でも、子供でも老人でも、動物でも魔物でも何でも演じることができたし、場合によっては宙に浮かぶことだってできた。台本はすぐに覚えるし、台詞を度忘れすることもなく、疲れを知らない。意外なことに声量も相当ある。しばしば彼は主演さえ務めた。幽霊はサークルにとって欠かすことのできない存在だった。客席から見ている限り、彼が幽霊であることはまずわからない。一説によると幽霊部員のファンクラブのようなものもあったらしい。
唯一問題といえば、幽霊がサークル費を支払うことができないことだった。幽霊はお金を必要とせず、したがってお金を所持していないので払えないのだ。だから幽霊はサークル費支払いを免除されていた。その特例にけちをつける部員はいなかった。

幽霊の正体や過去については誰も知らない。過去に死亡した部員が化けて出た姿だとか、そういういわくありげなエピソードは探せば見つかったかもしれない。でも我々は誰もそうしたことに関心を持たなかった。どうでもいいと思っていた。

その幽霊部員がある日突然姿を消した、などという展開があればドラマチックなのだが、残念ながらそういったこともない。幽霊は僕が大学を卒業するときまで、サークルに在籍していた。その後もおそらくメンバーとして活動していたのだろう。
演劇サークルは今も存続している。この間、僕はサークルが主催する舞台を観に行った。観劇しながら僕は、舞台上で演技をする部員たちの中に、幽霊の姿を探し求めていたのだが、どれだけ注意深く観察しても、彼がそこにいたのかどうかはわからなかった。
終演後、僕はサークル部員に挨拶に行くついでに、今も幽霊部員が在籍しているのかどうかについて、尋ねてみようかと考えた。しかし僕は一応OBであるとはいえ卒業してすでに10年以上が経っていて、現在の部員とは接点がまったくない。一体誰に、どのようにしてそのことを尋ねたらいいのかがわからなかったし、下手すると正気を疑われかねない気もした。それで結局僕はそのまま帰った。