その日彼は黒い生き物しか見なかった

玄関のすぐ外に黒い虫の死骸が転がっていた。墨みたいに真っ黒な見たことのない大きな虫。道を歩いていると、何匹も野良猫に出くわした。いずれも黒猫だった。空を見上げると鳥が飛んでいて、それらはすべて鴉だった。道端に鴉の死骸が転がっているのも見た。海岸で散歩していると、あちこちに真っ黒に焼け焦げた魚の死骸を見つけた。いずれもなぜか全体がまんべんなく火に焼かれていたのだ。
帰宅する途中の路地では黒い蛇が目の前を横切った。そのとき彼は、普段ならそんなことは絶対にしないのに、蛇を見かけるや否や靴で踏みつけようとしたが、蛇は素早く溝の中に逃げてしまった。そのあと帰宅するまで、彼は一人の人間ともすれ違わなかった。