電気虫がはびこる島

ある島で異常な虫が発見された。薄い透明な羽の全体が青白くネオンのように強い光を放つ小さな虫だった。蛍に似ていたが蛍ではなく、その光は蛍よりずっと強かった。虫が飛ぶと暗闇に青白い光がゆらゆらと残像を描き、大勢集まって群れをなすとその周辺は仄かに照らし出されてどことなく夢幻的な雰囲気を演出した。
誰からともなく虫は電気虫と呼ばれるようになった。美しい光を放つ無害な虫として、当初島の人々は電気虫に対して友好的に接していた。
しかしある出来事を境にして状況が一変する。一人の島民が、電気虫に手を触れた途端に意識を失い、そのまま死亡したのだ。電気虫と呼んではいてもまさか虫が本当に電気を蓄えているなどとは誰も考えてはいなかった。普段から、人々は虫に手を触れたり、虫の群れが作る光の層の中にあえて飛び込んだりしていた。それでもそれまでは何も起きていなかったのだ。
死亡した島民の健康状態が詳しく検査された。しかしその19歳の青年には持病も何もなく、まったくの健康な肉体の持ち主であり、死因は感電による心臓のショックのほかにはありえないとされた。
死亡者が出て以来、人々は電気虫に近づかなくなった。幸いなことに電気虫のほうから人に襲いかかってくることはなかった。虫と人間とはそれぞれ別の領域でお互いに干渉することなく生活した。

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それから半年後には島の状況は切迫していた。電気虫の数が飛躍的に増大したのだ。島のどこにいてもその虫の姿を見かけないということはなかった。そしてなおも虫は増え続けていて、その増殖のペースは常軌を逸していた。島の人々は、一夜明けるごとに虫の数が倍増しているように感じた。かつて島では夜になると純度の高い濃密な闇がその大部分を覆っていたが、そうした闇は電気虫の大量発生によってほとんど失われてしまった。
危機感を覚えた島民は駆除活動に乗り出した。老人と子供を除く島民のほぼ全員を動員して行われた本格的な活動だったが、すでに数億から数十億匹に達していた虫の群れの前にはそんなものは焼け石に水だった。そして駆除活動の開始によって、虫と人間との間にそれまでいちおう保たれていた不干渉の原則が破れてしまった。領域を侵された電気虫のほうも黙っていない。虫たちは反撃に出た。群れはけたたましい羽音を響かせて一斉に集落に襲いかかった。怒り狂った電気虫はかつてないほど強い光を放ち、一塊となって空中を飛び交うさまはまるで高速で移動する青白い小型の太陽のようだった。
人々は圧倒的な襲撃の前にひとたまりもなかった。光に目をくらまされてまともに逃げることさえできずに、ものの数分のうちに島民全員が息の根を止められた。
地面を埋め尽くした黒焦げの電気漬けの死骸はぶすぶすと音を立てながら煙をあげた。煙は集まって束となり一本の太い柱として空へ向けてもくもくと立ちのぼっていった。その煙の柱を電気虫の光が青白く照らした。

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無人島と化したK島を訪れる人はもういない。住む者もいない集落は年月とともに廃れ荒れ果てていった。いたるところに今も白骨が転がっている。
近くの観光地では、夜になると遠くの海と空の境目に大きく半円形に盛り上がる、青白い巨大な光のかたまりを目にすることができる。その幻想的な眺めは観光客の人気を集めているということである。